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2011年5月27日(金曜日)、私の初めてのフェネックだったファラオが息を引き取りました。
昨年末に体調を崩し、年が明けて持ち越したものの、先月からまたガタッと悪くなってしまいました。

自宅での皮下補液と、シリンジでの流動食を毎日続けていました。

たぶん15歳は超えていたのではないかと思うので、大往生だったのではないでしょうか。

今日の朝、庭に埋めました。
一度穴に置いたファラオの体を、つい腕の中に抱き戻してしまう。
そんなことを数回してから、心を決めてファラオを穴に収めて土をかぶせました。

私は悲しいです。でも悲しさはれぱんの時より明らかに少なかったです。なんででしょう。

ティー、れぱん、ファラオ。

私の中でのゴールデンメンバー。私が一番私らしかったときのペット達。その最後だったファラオ。
みんなで暮らしたマンションの売却がようやく決まって、その引渡しを1週間後に控えた日に
ファラオは逝ってしまいました。

まるで、もう何の思い入れもなく部屋を売っていいんだよ。とファラオに言われたかのようです。

それでも究極に悲しいわけではないのです。

大事なファラオがもういないのに、どうして究極に悲しくなれないのか。
ファラオがいなくて寂しいのに、寂しいだけで、ただ寂しいだけで、打ちのめされるような悲しみが湧き上がらない。

じゃあファラオは? ファラオはどうなるのでしょう。 あまりにもファラオに申し訳ないです。
5年も一緒にいたのに。 ファラオの5年間は何だったのでしょうか。

もしかしたら私は、去年のあの日、れの字を見送ったときに
何か大事な感情をブロックしてしまったのかも知れません。

自分の身を守るためなのでしょうか。
私は自分のペットを失うときの悲しみという感情を心のどこか奥底にしまいこんでしまったようです。

ごめんねファラオ。私は今はその感情を見つけられない。
ファラオがいなくて寂しいのに、悲しみという感情が薄れてしまっています。
でもねファラオ。キミと過ごした5年間、私はとても楽しくて誇らしかった。
片耳が欠けたへなちょこフェネック。
甘えん坊でよく鳴いて。
可愛い私の初めてのフェネック。

いつか正しいときが来たらまた会おうね。
その時はまたその自慢の鋭い歯でガツガツ噛んでほしいな。血だらけになるほど噛んでほしいな。

じゃあねファラオ。またね。

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「2歳のフェネックですよ。」

電話でペットショップに言われて、それを信じて愛知県までファラオを購入しに行きました。

・おじさんが売りに来た。
・そのおじさんが2歳と言っていた。
・去勢はしていないから繁殖も可能。

ペットショップからもらったファラオの情報はその3つだけ。

連れ帰ってから1年半後、フィラリア検査のために病院に連れて行き

「先生、もし小型犬だと仮定したら何歳くらいでしょうか。」

と尋ねました。 すると

「うーん。。。」

わくわく。 

「じゅう。。。」

え?

「15歳くらいです。」

。。。。。はい?

あれから3年半。だからファラオは15歳は超えていたのかも知れません。
もし子供のときから飼えていたら、15年以上は一緒にいられたのですけれど。とても残念です。

ファラオの顔、声、仕草。

私の宝物の思い出です。ファラオ、またね。

(2011年5月28日)
うん。またな。
☆おしまい☆