いたちなあたち(HOME) → 飼い主の長めのつぶやき → 丸裸のキモチ
どんな言葉で取繕っても強がってみせても
やっぱりれぱんがいないと寂しいです。

家中のあちこちでれぱんの面影を追いかけて
街中のあちこちでれぱんの後姿を見出して

嬉しくなったり切なくなったり

れぱんは今もそばにいてくれる とか
れぱんは今とてもシアワセなのだから とか
ときどきれぱんを感じることができる とか

どんな都合のよい言葉でぐるんぐるんに巻きつけたって
そんなものは簡単に弾いて取れてしまい、
裸んぼになるのは結局は寂しいだけのちっちゃい心です。

情けない話です。

この1年半。私は何をしてきましたか。
毎日を大事に過ごしてきましたか。

れの字と一緒の1年半と、れの字を見送ってからの1年半と
なんと大きな違いなのでしょうか。

くすぶった月日を送ってきたこの1年半。
時間だけを無駄にしてしまったような気がします。
これまた何て情けない話なのでしょうか。

おっきな宝物を失ったときに人はどうやって気持ちを処理するのでしょうか。

手にしたときから失うことはわかっていました。
失う覚悟もしてきました。
それでも実際に手の中からなくなってしまうと
ぐじぐじ うだうだ めそめそ
どーしよーもないです。

またあの頃のようにキラキラした目で世の中を見られるように
今はまだどんより曇ったぷよぷよの中にいようと思います。
たぶん、時間が来たら変わるだろうから。

れぱん、時々はこんなぷよぷよの中に入っておいで。
またあの頃みたいに私の左手に乗っかっておいで。
☆おしまい☆


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