2021年1月5日(火曜日)晴れ
お正月休みはずっと家で過ごしました。
冷蔵庫には食料がいっぱい。
外遊びを終えてお腹を空かせて帰宅した子供に
母がフランクフルトソーセージを2本用意しました。
「ケチャップが全然減らないから
このソーセージにケチャップをかけて食べて。」
と、母が言いました。
我が家はいわゆるカケモノ的な調味料は
醤油以外にほとんど使いません。
ケチャップ、ソースは1本買うと何か月も持ちます。
「ケチャップぅ?ソーセージにケチャップかけるの?」
慣れない組み合わせに首を傾げる息子。
横に座った母が、
「そうよ、食べてくれないと減らないもの。」と答えます。
「わかった。」
そう言って子供は席を立ちました。
「ケチャップ、どこにあるの?」
食卓に座っている母に子供が尋ねました。
「冷蔵庫の中。」と、母。
「冷蔵庫のどこぉーーーー?」
冷蔵庫を開けた子供が台所から叫びます。
「冷蔵庫の普通のところ。」
母の返答に、向かいに座っていた私の頭に「?」が浮かびました。
「普通ってどこぉーーー?」
息子の言い分が痛いほど理解できました。
「普通の棚の上よー」
いや、お母さん、だからその『普通』ってどこ。
「普通の棚ってどこのことぉーーー??」
「だから横にある牛乳が入っているところじゃなくて、
普通に見える棚のところに置いてあるでしょ。」
お母さんの表現がもはや普通じゃないです。
「あったぁーーー!」
ケチャップを手にして食卓に戻ってきた息子の頭を
無性にくしゃくしゃと撫でてしまいました。
2021年1月6日(水曜日)くもり
「学校で紙が配られてアンケートみたいのがあった。」
子供が話しました。
学校生活についての質問が15問くらいあった、と。
どんなアンケートだったの?と尋ねました。
「うんとね、そう思う、そう思わない、
すごくそう思う、あとね、絶対そう思わない、みたいなのと、
あとはね、わからない、っていうのがあった。」
息子よ、それはアンケートの回答の選択肢だ。
聞きたかったのはそれじゃない。
2021年1月7日(木曜日)晴れ 強風
夜の8時にスーパーで食料品を買いました。
この時間にスーパーに行くのはかなり珍しく、
品数の少なくなった生鮮品の棚に驚きつつ
店内をウロウロしていました。
すると、何やら2人の年配の男性が立っているのが見えました。
何をするでもなく、ただ立っているのです。
1人はカートを引いて。もう1人は刺身のパックを片手に。
ふと気づけば、少し離れたところに
こちらを見ている若い男性の姿がありました。
見ている先は、当然私ではなく2人の男性のいる辺りです。
はて。
子供のいるお菓子売り場に様子を見に行こうとすると、
正面から近所に住んでいる50代の男性が
勢いよくカートを押してこちらにやってきました。
まずい。
彼はとても話好きで、つかまると10分15分と
帰らせてはくれません。
ここで捕まるわけにはいかない。
そう思った私は、特に用もない乾物コーナーへと身を隠しました。
彼は私には目もくれず、2人の男性のところへと向かいました。
ん?と思って、彼の行く先を覗くと
さっきまで2人だった「ぼーっと立っている人」は3人と増員し
そこに話好きな50代の彼も加わって
計4人がたたずむ状況になっていました。
気になって遠回りをしてみると、
先ほど遠目から見ていた若者が2人になり
とあるコーナーに、
たたずむ人が4人
遠くから監視している人が2人
しかも全て男性の6人が、とある場所に思いを込めている様子でした。
なんだなんだ。いったい何なんだろう。
「お母さん、マシュマロとうまい棒とどっちがいいと思う?」
そんな下らない子供の質問など、もう私の心には届きません。
小さなスーパーの1区画で、一体何が始まるのか。
私の興味はもはやそれしかないのです。
次の瞬間。私は全てを理解しました。
2つ扉がバタンと開き、男性の店員が来ました。
何やらチラチラと黄色く見える物を持って。
その瞬間、6人の男たちの目が輝きました。
まるで神を見るかのような、
待ってました的な目。
店員さんが、そのコーナーに立ちます。
おもむろに、黄色いシールを貼ります。
『半額』
なんと美しい響きでしょうか。
6人の男性が、既に決めていたであろう商品に
輝かしい黄色と赤のシールが貼られた途端に手を伸ばします。
さっきまで遠くで観察していた2人の男性も
足早に惣菜コーナーに歩み寄り
半額のシールが貼られたそばから品物を手にとります。
気付いたことがあります。
お手付きがない。
誰もかれも、自分が買うべき惣菜を既に決めていたようです。
シールが貼られるやいなや、素早くそれを手中に収めていました。
テレビドラマのスローモーションで使いたいな。
そう思えるシーンでした。
全てを見届けたあと、
既に半額で、誰にも振り向いてもらえなかった
豚のレバーと子供のお菓子を手にして
6人の男性がレジに突進する前に
私は悠々とレジへと歩いていったのでありました。
2021年1月8日(金曜日)晴れ
1月1日の元日に、いつもの通りに神社に行きました。
人がいっぱいいたら止めようね、帰ろうね、の合言葉と共に。
あれ?人があまりいない。。。?
というわけで、例年通りのお参りをしていたところ、
例年とは違う光景に目が釘付けになりました。
みんな同じ帽子をかぶった保育園児10人と
引率する先生2人が、神社に私達と同じくお参りに来ていました。
元日に。両親とも働いている家庭がある。
もしくは、母子家庭で母親が元日に働いている家庭がある。
そして、そんな子供たちを保育してくれている先生達がいる。
目から涙が溢れました。
恥ずかしくて、涙をぬぐって駐車場に戻ると
同じく涙を手で拭いている母の姿がありました。
母も、私の生後間もなく保育園に預けて働いていました。
私も、子供の生後間もなく保育園に預けて働いています。
同じ思いだったのでしょう。
元日に働いてくれている人がいること。
子供達を預かって、元日から保育してくれている人達がいること。
事情もよくわからず、元日を「いつもの1日」と捉えている子供達。
全てが尊くて、私は自分を恥じました。
そして、元日に働く両親へ
彼らの子供を預かる保育士へ
何も知らずに神社に連れられてきた子供達へ
「ありがとう」という気持ちと共に
彼ら、彼女たちに、今年1年、素晴らしいことが起きますようにと
心から
本当に、心から願ってお賽銭を投じました。
働く人間に、その子供たちに、心からの「幸あれ」を届けたいです。
2021年1月9日(土曜日)
有難いことに、昨年から在宅勤務を許されています。
在宅では仕事にならない人が大勢いるなかで
誰とも接触を持たずに仕事が完結する在宅勤務をしていることが
何だが「これでいいのか」と思えてしまいます。
だからと言って、じゃあ医療の現場に出てみなさい、と言われても
尻ごみしてしまうであろう自分を容易に想像できて
情けなく、言い表せない敗北感を覚えます。
使命感だけで現場に立っている人は
きっとその家族との摩擦も感じながら
意地なのか正義なのか、わからないところで
糸みたいな細いもので、ただただそこにいるだけなのでしょう。
じゃあ私に何ができる?
お金ではないことは確かです。
だって、彼らがお金のためにそこにいるわけではないから。
というか、満足なお金を得られては当然いないだろうから。
私にできること。
家にいること。子供の精神に異常をきたさない範囲で
とにかく町内に留まること。
ガンバレニッポン。負けるな日本。