2010年3月2010年3月1日(月曜日)
吐き気なし。うんPも普通になった。 2010年3月2日(火曜日)
夜中に少し吐き気があったかも知れない。 2010年3月3日(水曜日)昨日から夜10時過ぎに炭を与えている。炭は内臓の壁にペタペタとついて、悪い成分を吸収させることなく外に出す効果があるというが、逆効果としては体にとって良い成分も吸収させなくしてしまうという点がある。このデメリットを避けるため、夜の食事が全て終わった夜9時から1時間以上間を空けて与えてみることにした。 夜に急にくたっと床に横たわった。本人も「あれ?」という様子。立とうとするが立てない。れぱんの頭に「?」マークが飛んでいる様子だった。
段々、段々、近づいている。 2010年3月4日(木曜日)
夜中の2時48分に吐き気。そんなにひどいものではなかった。
体が重くなってくれているのがわかるのだが、相変わらず体は骨骨。抱っこするとあばら骨やお尻の骨が手の平に当たる。 2010年3月6日(土曜日)夜にれぱんを仰向けに、私の左横に寝かせた。お腹に霊気を当ててやるためだ。手の平を乗せると、れぱんが手の平のたて方面で包めちゃうほど痩せていることに気づく。今までは手の平からあふれるほどのお腹だったのに。れぱんの体じゃなくて腫瘍ばかりが触れる現実。れぱんの内臓よりも腫瘍の面積の方が大きいんじゃないかな。おなか、脚、あご、わき。リンパというリンパに腫瘍があるのがわかる。 2010年3月7日(日曜日)夜中に左手でれぱんを探すと冷たい液体が触れた。れぱんが胃液を戻してしまっていたようだ。液体の先にれぱんの顔があり、体がぐったりと伸びているのが分かった。吐き気があって戻したいときに、今までは布団から出て走りながらその気持ち悪さを表していたのだが、もうその元気もなくなったのだろう。布団の中で体を伏せたまま吐き気と戦った後だった。
抗癌剤治療をどうしようか悩んだ。
抗癌剤治療について。抗癌剤は、がん細胞の増殖を抑えるものの、良細胞も破壊してしまう。抗癌剤をやらないと、良細胞は通常状態を保てるがガン細胞は増殖してしまう。どちらをとるか。今回は後者を選んだ。
ファラオが今日から入院。重度の肺炎。れぱんにばかりかまってしまってファラオを放ったらかしにしてしまった。落ち込む。 れぱんが流動食を飲んでケホケホと咳をするようになった。確認すると喉と食道の間にしこりがあった。これが悪さしているのかもしれない。この腫瘍が大きくなってしまったら、れぱんがご飯を飲み込めなくなってしまう。夜から喉を中心に霊気を当てる。 2010年3月8日(月曜日)
夜に炭を与えてみる。これから週に1度のペースで炭を与えることにする。 2010年3月9日(火曜日)
夜中に3回起きた。トイレが1回、吐き気らしき感じが2回。 2010年3月10日(水曜日)
夜中にトイレに2回。吐き気はなし。 2010年3月11日(木曜日)夜1回トイレ。2回吐き気。久々に大きな吐き気だったため、午前3時50分の2回目の吐き気のときに黄色いお薬を与える。投薬後はすぐに吐き気がおさまり、朝まで落ち着いて寝てくれた。 仕事を終えて帰宅途中、れぱんが家で待っていてくれることがとても嬉しくシアワセに感じた。帰宅し、れぱんのニオイを思い切り嗅ぎながら話しかける。シアワセだなー。 お尻まわりの毛がかなり薄くなっている。シッポも悲しい。このまま新しい毛が生えてきてくれないと、今の毛が抜けたられぱんはつんつるてんになってしまう。 2010年3月12日(金曜日)
夜間に1回のトイレ、少しだけ吐き気。 2010年3月13日(土曜日)
夜に吐き気はなし。 2010年3月14日(日曜日)
リビングに置いて少しお出かけしていたら、戻ったところドアの前におもらしを発見。 2010年3月15日(月曜日)吐き気なし。トイレも1回だけだった。 お尻の右側の皮膚が見え始めた。とうとうツンツルテンへの序章か。 お昼に帰宅するとトイレが1つもしていなかった。あれ?と思うと、ベッドの脇に水溜りが。ボケてきちゃっているのかな。 まだ自分で多少体を動かす元気も歩く力もある。しかしトイレからダンボールに戻るまでには4回ほどの休息を入れながら辿り着く状態。手助けはしない。自分で自分の筋肉を使ってほしいと思うから、れぱんがいくら途中で倒れても私は見ているだけ。本当は抱っこしてやりたいが、私のそんなバカが飼い主心がれぱんの筋肉を弱める結果になるのは明らかなので、手助けはせずに本人に頑張ってもらっている。 夜、私の布団から自分のベッドに歩く途中でおしっこをしていた。やっぱりボケてきている。 2010年3月16日(火曜日)
トイレに1回連れて行った記憶はあるのだけど。。。朝起きたらうんPを4つ発見。そのうちの1つは夜中に一度起きたときのもの。残りの3つは、れぱんが自分で頑張ってトイレに駆け込んでしたものなのか、朦朧とした意識で私がトイレまで連れて行ったのか記憶になし。 2010年3月17日(水曜日)お昼に帰宅するとちゃんとトイレにトイレしていた。 2010年3月18日(木曜日)
昼間にセファランティンを飲ませてみた。毛が薄くなってきちゃったから。。。 2010年3月19日(金曜日)夜中に少しだけ吐き気。 2010年3月21日(日曜日
病院。体重が600gに減っていた。確かに痩せてきたもんね。。 2010年3月22日(月曜日)
夜一緒に寝ながら、あらためて痩せたことを痛感する。あばら骨に皮膚がひっかかっているような状態。 2010年3月23日(火曜日)
とうとうれぱんの遊び場である廊下の滑り止めマットを取り外した。ベッドの周囲に置いていた、れぱんの階段代わりの布団やマット類も取り除く。ワックスをかけて、いつもなら滑り止めマットを戻すのだがもう戻さない。廊下がこうやって全面フローリングを見せるのは6年ぶりだ。
もうベッドに飛び乗ることもないし、私の顔をなめてくれることも足に噛み付いてくれることもない。トンネルに潜って朝からガリガリ遊ぶ音は何ヶ月ももう聞いていない。 そんなれぱんが私は大好きだ。元気に走り回っていたれぱんを勿論大好きだった。でも、こんなよれよれになったれぱんの方が可愛く大好きな気持ちで見つめている自分がいる。
胸に抱きかかえながら毎晩一緒に眠る。そのぬくもりを感じながら、どうしようもないシアワセな気持ちになれる。 だかられぱん、少しずつ。少しずつ楽になっておくれ。このままずっとがんばれなんて言えない。いつかは楽になってほしいしれぱんもそう願っているはず。でも急には逝かないで。まだもう少し踏む段階があるはずだよ。毛だってまだあるし、3歩4歩連続で歩けるし、トイレだってしたい時は私にも毎回わかるくらい動いてくれるじゃない。こうしたことができなくなるまでまだまだ踏む段はあるんだよ。お願いだから、1個1個できなくなってほしい。1個、また1個できなくなって、最後に1つだけしかできなくなったら私の中で本当の覚悟ができるから。1つだけ。呼吸。呼吸だけを残す段階まで、まだ少し私と一緒にいて。 2010年3月25日(木曜日)
うんPの量も回数も減ったと思うようになった。回数は1日1~2回。量も少なめ。与えている免疫サポートの量は変わらないのにうんPが減っている。栄養が腫瘍にとられてしまっている証拠だろうか。
かかとがもう肉がなくなって骨がピッタリと皮膚にくっついているのがわかる。 2010年3月26日(金曜日)
夜中に2回トイレ。
朝、お尻を見ると毛が薄くなって見えてくる皮膚に骨が映った。どんどん痩せてきている。 2010年3月27日(土曜日)
夜にカリカリをふと口元に持っていってみた。まさかと思ったのだが、ズプリームがほしくて仕方がない様子。一生懸命口にくわえようとするが失敗。そこでズプリームの匂いをかがせながら、柔らかいマーシャルを食べさせてみた。食べた。 2010年3月28日(日曜日)お昼にマーシャルフードを1個あげたところがっついた。その後喉につかえてしまった。ふごふごしていたのでなんだろうと思ったところ、大きなひと噛みがそのまま口から吐き出された。まったく噛まずに飲み込もうとしてつっかかったのだろう。カリカリをあげたいけれど、もうやめたほうが無難なようだ。 病院。体重600g。 肝臓の数値も貧血の数値も悪い。今日は私の中で抗癌剤を打ってもらうことを決めていた。しかし先生が初めて消極的な意向を示した。
「抗癌剤を使うメリットとデメリットの両方を考えた場合。。。」
でもね、先生。私の思うようにやらせてほしい。こうなったら、抗癌剤を打った後でこのまま死んでもそれが抗癌剤の影響だか寿命だったんだかわからないくらいだと思う。そうであれば、私のやりたいようにやらせてください。 今日は先生が輸血についての話もしてくれた。れぱんの貧血にからんで。1匹のフェレットから取れる輸血量は10ccが限度。一度採血すると次に輸血用の血を取れるようになるまで最低1ヶ月の間をおく必要がある。れぱんの場合は輸血をする意味がないため、今後も輸血ということは選択肢にはなかなか出てこないだろう。 蛋白同化ホルモンは、体内の血を作る工場が何らかの事情により休眠している場合に効果を発揮する。もしれぱんの体内の血造システムがそもそも腫瘍によって破壊されているのであれば、いくら蛋白同化ホルモンを飲ませても無意味となってしまう。しかしその血造システムがどうなっているのかを知る術がない以上、全てが手探り状態で完全な暗中模索。
蛋白同化ホルモンは続けていくことにする。 カリカリに食いついたという話をしたところ、先生は驚いていた。しかし飲み込めなかったと伝えると、首周りの腫瘍が邪魔をしているのだろう、と。 お腹が空いているのに食べ物を飲み込めなくなったらかわいそうだ。喉周りの腫瘍に対して重点的に霊気を当てることにする。腫瘍に指先が触れると、ビリビリと痛みが走る。これからは常にこの周辺の腫瘍に霊気を当てることにしよう。
抗癌剤を打つ前に、病院の待合室で病院のフェレットのお銀ちゃんを抱かせてもらった。ぷにぷに・むちむちフェレットに触ってみたくなったから。
れぱんを待合室の長いすに置いて、むちむちフェレットを膝に乗せてみた。たぽたぽのお腹。骨が触れない感覚がなつかしい。するとれぱんが必死に私の膝に擦り寄ってきて、お銀ちゃんを噛んだ。やきもちを焼いたのだろうか。その後は膝にぴっとりと顔の左側面をつけてこちらを見上げていたれぱん。やきもちを焼く元気があるんだなぁ、とこれまた嬉しかった。 うんPの調子は戻ってきたようだ。形も回数もまぁまぁ。 2010年3月30日(火曜日)明け方、かしゅかしゅという音ときゅぅーという声で目が覚める。どうも声が近いと思ったら、れぱんの体がでろーんと私の首にひっかかっていたというかぶらさがっていたというか。私の肩辺りで足を滑らせて首にお腹が垂れ下がったのかも知れない。足の力がもうないから、そのままの体勢で寝ていたのだろう。どうりで妙に首が温かいと思ったら。。。 うおっと驚くと同時に、首にれぱんの全体重がかかっても私が起きないくらいにれぱんは軽くなってしまったんだなぁと悲しくなった。 どうもれぱんは甘えているようだ。私が会社にいる間には、ちゃんとトイレまで行ってトイレ(ペットシーツの上)に外さずにトイレをしている。。。ということを、昼休みに一時帰宅するたびに確認する。私が一緒に部屋にいるときには、トイレに辿り着く前に変なところでしてしまう。
夜、れぱんを抱っこしながら寝た。れぱんを胸の上に置いて向かい合う形で寝てみた。その際に左手の人差し指でれぱんの右前足の裏側を触ってみる。肉球が触れた。 最近は早めに布団に入ってれぱんに両手で霊気を当てながら、れぱんが我が家に来たときのことや一緒にお出かけしたときのことを1つ1つ思い返してれぱんと一緒に心の中で思い出話をしている。れぱんが1日でも長生きして、1つでも多くの思い出話をしたい。 Copyright (C) フェレットのリンパ腫・いたちなあたち
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