2010年5月2010年5月5日(水曜日)GWが始まった頃から水下痢がずっと続いていたれぱん。とうとうお漏らしがひどくなってしまった。 昨日まで喜んで食べていた生肉の食いつきが悪い。免疫サポートもちょっと嫌がる。
病院へ。体重450g。体温39度4分。 下痢止めをもらってみた。これですぐに治るようであれば、消化器系が弱っていたということになり、これでも治らなかったら下痢は腫瘍によって腸がダメージを受けている、という判断になる。 夜に一度与えたところ、久しぶりに夜中に水下痢がなくなった。 GW中は明け方4時くらいまで、毎時トイレに起きて水下痢をさせたり、失敗したときには後始末に追われていたのに。それが嘘のように止まった。 2010年5月6日(木曜日)
明け方3時に吐き気止めを飲ませる(プリンペラン) 今朝は免疫サポートをゴクゴクと飲んだ。
昼過ぎに一時帰宅すると、少しだけ固まってきた感じ(水下痢ではなく)のうんPがあった。新しく買った布団式のベッドで、うんPから逃れるように寝ていたれぱん。キレイ好きなんだよね。 夕方に帰って確認すると、トイレをした様子はなかった。私が帰宅してすぐにもよおしたようで、小さな固めのうんPをした。下痢止めが効いてきたのがわかる。ということは、腫瘍が腸にまで影響を与えたわけではなく単に消化器系の問題だったと言える。私は牛蒡子のせいだと思った。慣れない強い生薬を与えたことにより、れぱんの腸がおかしくなってしまったのだろう。ごめんねれぱん。 夜、生肉を堪能。においにつられて首をあちこちに動かしていた。昨日まではあまりよく口が開かず、生肉を食べたくないような感じだった。しかし今日は口を大きく開けて肉の塊を喜んで食べている。免疫サポートもごくごく飲んだ。 2010年5月7日(金曜日)
今日は6年間、れぱんの本当の誕生日が判明するまで私が勝手に決めていたれぱんの誕生日。
昼過ぎに戻ると、ベッドの中にころんとした小さなうんPが。 2010年5月9日(日曜日)
病院。体重500g。50g増えていたのが嬉しくて、3回も勝手に計ってしまった。 まだうんPが安定しないので下痢止めを引き続き処方してもらった。あとは夜中に吐き気をもよおすので吐き気止めも。 「GWを無事に過ぎましたね。」 という先生の言葉に、「そうなんです。どうしましょう。」と答えた私。3月末の連休で見送る予定が、GWに見送る予定に変わり、ついにはそのGWも過ぎてしまった。見送るときにはきっとティーのように長くかかるから、できれば連休中にと思っていたのだけど。嬉しいことにれぱんが頑張ってくれてGWを過ぎてしまった。次に長い休みを取れるのは年末。いくらなんでもそこまでは無理。今月一杯か、来月か。となると会社を長く休まなくてはならなくなる。気まずい。でもれぱんが長生きしてくれるなら、GWなんて過ぎてくれればいい。矛盾だらけの気持ち。
「これで5月が3分の1終わりました。なんとか5月を乗り越えたいですね。」 先月の28日に、「まずは4月を乗り越えましょう。」と言っていた先生。そして「GWを乗り越えましょう。」そして「3分の1を終わった5月を乗り越えましょう。」 「この日を乗り越えましょう」の間隔が短くて、飼い主としては疲れてしまう。以前、あと1週間、あと1週間持つかどうか、と気持ちを張り詰めていたら本当に苦しかったので、ちょっと長い目標を作った方が楽になるのかなとも考えてしまう。気持ちは8月。8月まで頑張ってほしいと思う。でもあまりに先の長い目標なので、逆に苦しくなるかも知れない。やっぱり矛盾だらけだ。
足先が冷たいのが気になっていたので、フェレットは通常足先はどうなのか先生に尋ねた。健康なときのれぱんの足先の温度を覚えていない。
「足先は普通(健康)でも冷たいですよ。」と先生。 2010年5月10日(月曜日)
確かに持ってみて体が重い。良いのか悪いのかわからないが、良い方向で考えることにした。 2010年5月11日(火曜日)午前3時48分、激しい吐き気がしたようで、ずっと口の中を引っ掻いていたようだ。唾液が出るため布団が濡れていた。吐き気止めを与えるとしばらくして落ち着いて眠った。
夜中にはお尻から離れなくてティッシュでつまんでスッと離さないといけないくらいの良い硬さのうんP。 薬が効果覿面らしく、お昼休みから夜6時に帰宅するまでトイレをしていなかった様子。ちょうど私が帰宅したときにもぞもぞ始め、トイレをさせるとものすごくよいうんPをした。「うわぁーーー。れぱん偉いねぇ!」と歓喜の声を上げて、しばらくうんPを眺めてしまった。 夜帰宅すると、例の布団のすぐ横(外)にうんPが見えた。なにぃ? 布団の空気穴として開けていた5cmほどの隙間からわざわざ外に出てトイレしたようだ。本体はどこに?と思い探してみると、もそっと動くものが見えた。私の寝巻きにくるまったれぱんの鼻先が見えた。さらに奥には先月購入した「れぱんバック」に黄色いシミがたくさん。うんPの跡がついている。まさか、と思いながらティッシュで拭くと新しいうんPだということが分かった。布団から外に出てうんP第一弾をし、そのまま1m移動してれぱんバッグに入ったが、タオルも何も敷いていない状態に失望し、うんPを漏らしながら横の私の寝巻きに移動した経緯が見て取れた。まあ。。。うん。。。それくらい元気、ということだ。
昨日から1回の免疫サポートの量を増やし、4本から6本に変更している。今のところ苦しさはなく飲んでいた。
耳の下側にも大きなしこりができた。 2010年5月13日(木曜日)昼間に良いうんPをしてくれた。
夜8時と9時の免疫サポートの時には鼻の器官に入ってしまい、ふげふげと苦しがっていた。どうも夜にふげふげが多い。 2010年5月14日(金曜日)夜中3時51分、「あーーーーー」という大きな声を出して体をのけぞらせた。苦しいのかも知れない。嫌がるが吐き気止めを与えると、すぐに落ち着いた。吐き気は夜中に襲ってくるらしい。これから午前3時に目覚ましをかけて、吐き気止めを先に飲ませてやろう。 元気を少し取り戻してきたような気がすればするほど別れが怖くなる。 朝8時、生肉を与える。はぐはぐ食べた。 夜帰宅するとれぱんの様子がおかしかった。免疫サポートもほとんど受け付けず、生肉もにおいには反応するものの食べない。ぐったりした様子。 夜中に はぁはぁ という声で目が覚めた。れぱんが明らかに暑さでグロッキー状態で、口をあけて息をしている。すぐに水に濡らしたタオルで体を冷やす。少しして落ち着いた。 しかしトイレがまったくできない。お知らせすることなくおもらしを繰り返す。トイレの回数も増えた。 下痢止めの薬を間違ったのか。。。ファラオのものを与えてしまったのかも知れないという思いがよぎる。 2010年5月15日(土曜日)やはり朝から免疫サポートをいやがる。 夜、体温が高くなって呼吸も荒くなってきた気がする。無理やりにも免疫サポートを与えている。 体に触って気づいた。今まであばら骨から次がもうぺったんこ状態だったのにふっくらしている。腫瘍か。体全体が赤みを帯びているような気もするし、体内で炎症を起こしている可能性を考えた。今日どうして病院に連れて行かなかったんだろう、と激しく後悔する。朝10時に明日すぐに先生のところに向かおう。 2010年5月16日(日曜日)
朝9時40分、開院前に先生に診ていただいた。
体重450g。体温38.7度。内臓を触ってもらったが、太ったのは腫瘍が大きくなったせいのようだ。 午後3時過ぎ、頼み忘れた薬(下痢止め)をもらいに行く。
午後5時過ぎ、鼻血を出しているような気がして病院に向かう。昼過ぎに口から血が出ていたが、引っかいたか牙で下唇を噛んでしまったかどちらかだと思っていた。 午後5時過ぎにそれよりも大きな粘液の塊のような血と、左鼻の奥にうっすら血を見つけたため慌てて本日3回目の病院通い。
先生に診ていただいたところ、やはり鼻血。
先生の口からたくさんの現実的な言葉が出た。 帰宅途中では数回トイレをしたのだが、夕方からずっと(現在夜11時)までトイレをしていない。心配。 2010年5月18日(火曜日)夜中にひどい吐き気だったようで、口の中を引っ掻き声を出して苦しがっていた。吐き気止めを1時30分にやるが、少しの間落ち着くもまた3時に同じような状態。免疫サポートを与えるとやや落ち着いた。胃の中が空っぽになるとよくないのかも知れない。 明け方から落ち着き始め、熟睡し始めた。 朝、生肉の匂いに若干反応するものの食べてはくれなかった。
10時15分、トイレ。少し緩いうんP。 1時間おきに免疫サポートを3本ずつ与える。飲みっぷりはいい。 11時30分。首の傾斜が弱くなり、ツッパリがなくなって手でちょっと押してやるとすぐに首がまっすぐになるようになった。前は左に倒れ、さらに顔の角度も曲がっていたため顔が完全に横向きになってしまっていたのだけど。今は顔の角度が通常で、首だけがやや傾いている状態。少し体力が出てきた証拠だろう。 先週までは顔をちょこんと持ち上げて私を見てくれたのに、もう今は首の傾斜の影響でそれはできなくなった。目も開かないでずっと閉じていることが多い。でもかなりの頻度で半目を開けて反応してくれるので嬉しい。これがずっと反応しなくなる日も近いと思うと悲しくなる。 2時40分から3時30分の間にトイレ。うんPの調子もまぁまぁ。朝晩飲ませている下痢止めが効いているのだろう。
食欲は普通にあるため、1時間おきに3mlx3本免疫サポートを飲ませる。
(5月16日の先生のお話)
ブドウ糖を出してもらった。砂糖加工製品はお腹に入ってから栄養素として分解されてから吸収されるが、ブドウ糖はすぐに栄養となる。また皮膚などからも吸収可能。飲み込む力が薄まったときには歯茎に垂らしてやろうと思い、濃度50%のブドウ糖を処方してもらった。
この段階になるとペットシーツの消費量が激しくなる。前は一番小さいサイズのシーツでも、トイレ上手なれぱんのおかげではさみで切りながら節約して使えていたのに。 れぱんのペットシーツも免疫サポートもなにもかも、もっと多めに買っておこう。見送った後で残ったら、ファラオ達に飲ませればいいし。今までティーのときのように見開封品が丸々残るのが怖くてギリギリずつで買い足していた。ペットシーツ、まだ100枚くらい余っているけれど200枚新しく購入しよう。れぱんが長生きしても大丈夫なように。
夜6時の免疫サポートは規定量を飲んでくれたのだが(それでもちょっと飲み込みが悪かった)、次の夜7時には口を開かず、免疫サポートを口元に垂らしても飲み込まなくなってしまった。まさか、と思った。 同時にファラオが咳をし始め、先月の肺炎と似た症状が現れた。先月お世話になった夜間動物病院に夜9時に行く。同じ先生がいらして診てくださった。れぱんも気にかけてくださったので、だめモトで皮下補液だけでもお願いできないか聞いてみたところ飼い主の責任の下で行うのなら診察をせずに皮下補液だけ行うことはできるという返事をいただいた。ありがたい。その代わり体調が急変してもそれは私の責任。 本当は怖かった。皮下補液が良い方向に行けばよい。でも逆だったら。
血液に直接送り込む点滴と違い、皮下点滴なので本人が吸収する力がなければダメだということだった。 とうとうこの時が来た。とうとう別れるときが来た。いざとなると何だか妙に冷静な自分がいる。 れぱんは目を開けたまま。もともと目を開けて眠る子だったけれど、こういう時はそんな子で良かったと思う。かわいい目をずっと見ていたいから。意識はあるらしく、また物を見えてもいるらしい。その証拠に目の前に手を持っていくとふと瞬きをしたり反応を見せる。 2010年5月19日(水曜日)
夜0時半に部屋を暗くしてれぱんと一緒に布団に潜る。 その間、少し口を動かすような素振りがあったので免疫サポートとブドウ糖をほんの1-2滴口元に落とす。少し舐めた。 午前3時半。泣きながらずっと話してきたら頭がぼーっとしてしまった。もう眠ろう。
そういえば吐き気がピタリとおさまった。昨日の夜、夜中声を出して苦しがっていたのに。れぱんは楽になってきているのかな。 トイレの時は少し動いてすぐにする。もう体を起こす元気もない。 電気をつけたまま、れぱんの顔を目の前に置きながら眠った。
午前6時。口を開け閉めしているのが分かった。すぐに免疫サポートを与えてみると飲んだ。 午前7時。また同じように与えてみる。6時のときよりは弱々しかったが飲んでくれた。 午前8時15分。免疫サポート3本。 今日は午前中は家に置いていこう。 2010年5月20日(木曜日)
もう体が動かなくなっているため本来は不要と思ったが、朝出かける際に一応ベッド周辺に布団を置いて万が一外に出ても低体温症にならないように予防策を敷いた。
午後半休を取ってファラオを病院に連れて行った。先生にれぱんを見せて、火曜日の夜に危篤状態になったことを伝えた。しかし持ち直し、日曜日に先生に診ていただいたときにはあれだけ曲がっていた首が「まっちゅぐ☆」になっていることも見てもらった。体重500g。 「れぱんまたね。がんばるんだよ。」 先生がれぱんに優しく手を振ってくれた。 ファラオはそのまま入院。 下痢止めを火曜日夜から与えていないがうんPの状態はすこぶる良い。持ち直した直後は黒というか灰色っぽい色がうんPに混じっていたが、今日はキレイな黄土色。吐き気も少ない。ただ今日は夕方に少し鼻の器官に免疫サポートが入っていた。 体型が変わったことに気づいた。月曜日から体が重くなり、火曜日には体中の力が抜けていたれぱん。持ち上げても首が据わらないのでグラグラだった。そのときに首の突っ張りも解消されていた。火曜日の夜、ファラオを運んだ夜間病院で測った体重は565g。お腹がだいぶ太ったような気がして、それが腫瘍が大きくなったのか内臓が太ってくれていたのかわからなかった。とにかく体重が増えて重く感じ、お腹もふくらんでいた。体の力が全て抜けるとこんなに重く感じるんだと、ダランとしたれぱんを持ちながら悲しく思った。 しかし持ち直してからのれぱんはお腹がすっきりした。こんなに急に腫瘍や内臓が大きくなったりまして小さくなったりはしない。これはもしかして、と思い調べてみた。お腹にガスが溜まっていたのではないかと疑ったからだ。するとうさぎにこのようにお腹にガスがたまる症状が見られることがわかった。 胃腸内うっ滞
というものだった。お腹にガスが溜まり、その場合うさぎは飲みも食べもしなくなるという。この場合、腸内の水分が不足している状態になるため皮下補液が有効(他にも対処法はあるが)と書かれていた。 ファラオを診てくれた夜間病院のお医者さん。もう1人のスタッフは前回の人と違ったが、獣医師である彼女が前回と同じ人だったというのもラッキーだった。ファラオを知ってくれていたし、前回もファラオと一緒に来て待合室でおとなしく待っていたれぱんのことも覚えていてくれたから。れぱんの状態を見て、前回よりも悪くなっていること・食事を受け付けなくなっていることなどを見て、そして私という人間にも面識が多少はあったため、診察を抜きにして皮下補液だけをしてくれたのだから。
いくつかの偶然が重なって、れぱんはあの時持ち直したのかも知れない。
ファラオの具合を電話で尋ねる際に、この胃腸内うっ滞をフェレットにも起こりうるかどうか先生に尋ねてみた。胃腸内うっ滞がうさぎに起こる理由として
こうした理由から、フェレットよりはウサギにその症状が出ることが多い。しかしフェレットにも起こる可能性はゼロではない。 では胃腸内うっ滞となったウサギに皮下補液を治療として行うことがあるかと尋ねると、
となると、もしあの時のれぱんのお腹にガスが溜まっていたとすると、たまたま皮下補液をしてもらったことで体力が戻って腸が動き始めてくれたと考えられるということだった。
以前から気になっていたレンタル酸素室。この機材を用意するのは最後の最後ということが多いような気がしていたため、たぶん私はこれを借りることはないだろうと思っていた。さらに今回気になっていたのでこれまた調べてみたところ、やはりれぱんにはこのレンタル酸素室は難しいことがわかった。 2010年5月21日(金曜日)夜中まではまだ調子が良かった。夜中の3時。胸の上に乗ったれぱんの声で目が覚める。すぐに異常だと察した。飛び起きる。 口から白い泡が出ている。首が左側に曲がり、頭を時々上にぐっと持ち上げ(体を反らして)手足をばたつかせる。 インスリノーマの発作か、リンパ腫が影響して何らかの発作を起こしているのか。初めて発作なのにそれが発作だとわかってしまった。
インスリノーマの発作なら血糖値をあげなければならない。すぐにブドウ糖を口元の持っていくと普通に飲み込んでくれた。 れぱんはブドウ糖も免疫サポートも通常通り飲んでくれるが、頭の動きや手足のばたつきはおさまらない。ぐっと頭を上に突き上げて手足をばたつかせ、ぱたっとおとなしくなる。しかし5秒後にまた同じ動作が繰り返される。いつまでたってもおさまってくれない。それなのに、肝心の私に恐ろしいほどの眠気が襲ってくる。れぱんに手をかけてやるのだが、すぐに私の意識が遠のいてしまう。本当ならずっとついていてやらないといけないときなのに。私は6時まで眠ってしまった。れぱんは1人でずっと発作を起こしてしまっていた。朝6時に一度私が目覚めたときにも、確かれぱんはまだ発作の状態だったような気がする。それなのに、私はまた眠ってしまったらしい。一体どれくらい長い間れぱんは発作に苦しんでいたのか。どうして私はきちんと起きていてやれなかったのか。 途切れ途切れの意識からようやく目が覚めると朝9時だった。れぱんは落ち着いていた。どのくらいれぱんは苦しかったのか。生気のない放心状態の顔でれぱんは呼吸していた。すぐに準備をして病院へ連れて行く。 体重450g。体温38度9分(平熱)
昨夜の状況を話すと、やはりそれは発作だと先生はおっしゃった。それがインスリノーマから来るものであれば、やはりブドウ糖で一度血糖値を上げてからステロイドを同時に与えて血糖値の急降下を避けるのが適正処置。私はブドウ糖と免疫サポートだけを与えていた。ステロイドまで頭が及ばなかった。 ただ、インスリノーマから来る発作であれば血糖値を上げれば発作はおさまる。通常5分。長くても30分でおさまるはずの発作が、私のおぼろげな記憶をたどってもそんな短時間でおさまってはいなかった。そのことを考えると、単にインスリノーマだけが単独で引き起こした発作ではないことが伺える。 発作は脳にダメージを与える。今回の長い発作がれぱんの脳にどの程度のダメージを与えてしまったか。その後の後遺症の現れでわかってくる。 対処はあるが、今のれぱんには積極的には勧められないらしい。
発作を予防・止める薬の投与。
私はその薬の投与にはうなずけなかった。 血液検査の結果、赤血球が13%。人間ならぶっ倒れて死んでいるほどの貧血状態。フェレットだからこそ生きていられる数字だと先生は言う。 以前、貧血対策の一番上の策として挙げられたエリスロポエチンの使用について先生に尋ねたが、これも先生は消極的。というのもこの薬は即効性があるものではなく、れぱんの体内に血液を造る工場(骨髄)があり、さらにそれに対して1ヶ月以上の時間をかけて作用していくものであるためだ。今のれぱんの体内に血液工場があることも、1ヶ月以上かけて作用を促す時間的な余裕があることも疑わしい状態で、このエリスロポエチンをれぱんに使用することに意味を持たないと先生は考えていたのだろう。 となると、即効性を持つ対処法として輸血が挙げられた。が、これにもまた先生は消極的。 「効果があるのは1-2日の間だけ。病院にいるフェレットにも限りがあり、次々に輸血ができるわけではない。輸血をするのは、輸血をすることによって病気が治る見込みのあるフェレットに行うものであり、酷な言い方ではあるが、れぱんの場合は治らずにただ1-2日延命措置として輸血を行うことになる。これが果たしてこの子にとってシアワセかというと。。。」 ホント、酷だなぁと思う。でもそれが現実。酷な状況なのが現実。 でも飼い主としての直感を信じて輸血をお願いした。先生のフェレットちゃん、ごめんね。治る見込みのない単なる延命措置でしかない輸血に協力してもらう形になってしまって。申し訳ない。 後で聞いたところによると、3匹いる病院のフェレットで「どの子に輸血協力してもらおうかな。」と選ぶつもりでスタッフの人がケージに近寄ると、1匹だけケージに飛びついてきた子がいたそうだ。「はーいオレオレ!オレが行きまーすっ。」と言っているかのようで、すぐにその子に決まったということだった。ありがとう、ジローさん。
輸血は点滴で行われる。皮下補液は?と聞くと、輸血をするので皮下補液ではなく点滴で直に栄養が行くようにするとのこと。そりゃそうだ。 午後3時20分。病院にれぱんを迎えに行く。ぐったりしたれぱん。こんなにぐったりしていたかなと思う。しかし体はほのかに赤かった。血液があるのね。免疫サポートをまたすぐに与えた方がいいかどうか尋ねると、もう新しい血液中にたんぱく質や酸素やら、必要な栄養素はすでに入っていて、それが血液として体中に行き渡っている状態なのでそんなすぐに免疫サポートを与える必要性はないと言われた。そうかーと嬉しくなった。 それからさらに1時間ほど経過したとき。はっとした。れぱんが自分であごを乗せていた左前足に出血のようなものが見られたからだ。えっと思ってあごをどけて左前足を見てみると、それは出血ではなく血管の赤色が見えたものだった。ふと体をよく見てみると、れぱんの肉球や鼻がまっピンクだった。それはそれはきれいな桜色。体中の皮膚が赤に近いピンク。うわぁーーーと、思わず声を上げてしまった。ぐったりしていて動かないけれど、れぱんの体が健康になっているような錯覚に襲われて喜びがこみ上げてきた。それと同時に気づいたこと。れぱんの呼吸の速度が極めてゆっくりになっていたこと。非常に早く呼吸をしていたのが、すぅーすぅーとお腹の上下速度がゆぅーーーっくりになっているのがわかる。酸素を取り入れやすくなったのだろう。 嬉しくてビデオカメラをまわしてれぱんの体中を様々な角度から撮った。段々耳まで赤くなってくる。体中に血液が行き渡る様子をカメラに収めた。 吐き気もなくなった。体が熱くなり、手足が全く冷えていない。今まで冷たかった尻尾までが温かくなっていたのを感じたときには、血のすごさをずどーんと受け止めた。血ってすごいんだ。何度も思った。 でもこの効果が持続するのは1-2日。火曜日・水曜日にはまた元の白い鼻・白い手足・速い呼吸のれぱんに戻ってしまう。多頭飼育だったら良かったのに、と、そのとき初めて思った。20匹くらい飼っていれば良かった。そうすれば輸血がもっとできるのに。 久しぶりにおとなしく穏やかな夜を過ごし、吐き気もトイレもなく眠りについた。 2010年5月23日(日曜日)昨日のれぱんの様子を先生に伝えた。「あと1回くらいならウチのフェレットでも輸血できますよ。」と先生は言ってくれた。ありがとう、先生。でもそんな時間的余裕はないような気がする。もう別れが近い気がする。 先生に血管を診てもらった。今回輸血時に使ったのは左前足。かなり血管が細くなっていて、かろうじて針が入った状態だったらしい。右前足。もう難しい。左後ろ足。こちらも「かろうじて入るかどうか。」そして右後ろ足。こちらはまだ太い血管が残っていた。もう1度輸血できる可能性は、血管にはある、ということ。 気持ちとしては1ヶ月もってほしい。今回の輸血で、1ヶ月持ってくれれば次の輸血ができる気がする。特に根拠はないのだけど、何となくそんな気がする。でももう無理かな。 2010年5月24日(月曜日)
手を放すと吐き気や発作らしい症状が出るので、特に免疫サポートを与えた後は手を顔や体に当てておく。そうするとれぱんは落ち着くようで、段々と眠りについてくれるのだ。 明け方ふと目が覚めると、れぱんは私の左腕に伸びていた。ちょうど私の腕と体の間に収まっているような感じ。そして私はそんなれぱんを左腕でちゃんと押さえていた。熟睡していたのに、れぱんの体が下に落ちないようにちゃんと力を入れて押さえていたらしい。人間って不思議。 れぱんの手足は暖かく、まだ肉球も少しピンクだった。朝8時30分、良いうんPをした。 昼間に一時帰宅。おとなしく布団の中で寝ていた。朝、私が出るときにトイレをしたので午前中はもよおさなかったのだろう。手に触れるとあたたかかった。免疫サポートをやるためにズルズルと体を持ってみると、手足の肉球や鼻はきれいなピンク色。耳も血管がちゃんとわかるほど赤かった。頭もピンク。毛が薄いので皮膚の色がよくわかるのは怪我の功名かも知れない。輸血から2日目。まだ何とか血は持ってくれているみたいだ。このまま穏やかに1ヶ月過ぎないか、と、結局また淡い期待を持ってしまった。もう期待しない・もう期待するのはやめよう。そう思うのに、いつもやっぱり期待してしまう。 2010年5月25日(火曜日)
れぱんが動いたので目が覚めた。午前3時ピッタリだった。形の良いうんPを済ませたのだが、口のカシュカシュが激しい。見ると口から白い泡を出していた。軽い発作だ。 朝。呼吸はそこまで速くない。まだ血が助けてくれているのかな。
昼に一時帰宅。
午前中には、肉球がまだ少しピンク色をしてくれていたのでたくさん希望を持ってしまった。輸血をたくさんすれば血液がたくさん入れ替わってがん細胞がなくなるのではないかと安易に考えたりもした。 もういいかな。 このまま静かに見送れるなら、もういいかな。 ティーと最後に過ごした1週間に近い気持ちになってきたのは、きっと私が疲れてきているからだろう。気力体力共に沢山ある時には「まださよならしたくない。がんばれるはず。一緒にがんばれるはずだから」という思いでいっぱいだった。しかしきっと今は私自身が疲れてきてしまい、ほんの少しだけもうこの辛さから解放されたいのだと思う。れぱんをいつ失うかわからない恐怖や、弱っていくれぱんを見続けていくことの辛さから一気に解放されたい気持ちなのだろう。 帰宅してれぱんが冷たくなっていたら、ちょっと前まではそんなこと考えられなかった。しかし今はきっと「おつかれさま。よくがんばったね。」って言えるのではないかと思ってしまう。 もちろん、かと言ってれぱんを失いたいわけではない。一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。 反比例の思いが交錯して頭の中はぐちゃぐちゃ。 徐々に徐々に悪くなっていって、覚悟を固める時間をくれて、こうやって段階を経て私の気持ちの整理がつきやすいようにしてくれているれぱんに感謝したい。 2010年5月26日(水曜日)午前2時に、少しのカシュカシュで目が覚める。まだ口元はほんの少し白いだけだったが、前もって吐き気止め(プリンペラン)とステロイドを与える。すぐに落ち着き、そのまま朝まで眠った。夜中から朝にかけて2回うんP。どれもちょっと黒ずんでいた。 朝8時半にしたうんPは少量で緩く、さらに黒緑がかっていた。グリーンウィルス? 手足はほんのすこしピンクだが、呼吸は速くなってきてしまった。
昨日から、もう自分の中で疲れがどんどん溢れてきているのがわかる。ごめんれぱん。 夜に吐き気がするので寝る前に吐き気止めを与える。 2010年5月27日(木曜日)
夜中に吐き気。また吐き気止めを与えた。 夜6時。何だかとても元気に頭を上に上げるので、久しぶりに生肉を解凍してみた。ふーっと匂いを嗅がせてみるとものすごい反応。そして実際に肉を与えてみるとがっつくがっつく。カップ5分の1を食べつくした。ビックリして動物病院にお礼の電話をしてしまった。ジローさんの血のおかげだと思ったから。 輸血の効果があったのだと考えている。 夜眠る前に吐き気がしているので吐き気止めを与える。 2010年5月28日(金曜日)
朝。吐き気止め。 歯茎が時々きれいなピンク色をしているが、足は白い。もう血がなくなっちゃったみたいだ。 2010年5月30日(日曜日)
お昼前に病院へ。体重400g。 単純計算をする。
8日前
<輸血後>
8日後の今日 1日1%の割合で血液が交換されていく。もしれぱんが自力で血を造れていたとすれば減らないPCV(28%)が、25%に減っていたということは8日間で3%分は自力では血液を作れていない状態。逆に考えれば、もしれぱんが自力では全く血液を造れない体になっていたとすればPCVは20%にまで落ちているところ25%に落ちとどまっているということは、まだれぱんは自分の体で血液を作る力が残っているということになる。
では今回25%にまで回復しているれぱんに輸血をするか。
輸血をする。
今日は輸血をせず、また危険と思われる数値までPCVが下がったところで輸血をする。
どちらが良いでしょうか、と、性懲りもなく先生に聞くが先生の答えはいつもと同じ。 飼い主としての考えで、ほとんどが即決で治療を決めてきた私。今回もやはりそうだった。 輸血してもらいたい。 輸血をしてさらに血液を体内に送り込むことで、れぱんが自力で血を造る力を促進したい。良い方向に行くかも知れない。 私は前回の輸血のときに、れぱんに血をくれるフェレットを購入しようかとまで少し考えた。しかしそれは違う。それは間違っている。たとえその輸血用のフェレットをれぱんを見送ってからも2匹目として大事にしていたとしても、そもそもの購入動機がれぱんに血を与えるためというのは、やっぱり違う。 となると、動物病院のフェレットに、治る見込みのないれぱんのために血液をもらわなくてはならなくなる。それを病院が了解してくれるのか。不安ながらうかがってみた。 単なる延命措置でしかない輸血ですが、病院のフェレットをお借りすることはできますか。 そんな私のワガママに先生は付き合ってくれることになった。
夕方5時までの間、れぱんを病院に預けた。
骨髄不全やリンパ腫の最期がどんなものなのか。調べてみるのだがあまり症状としての説明が出てこない。せめて最期は苦しまないようにと思う。もし今後苦しくなるようなら、安楽死も考えなくてはいけないから。
夫に尋ねてみた。夫も体内の赤血球値が少なかった時がある。 れぱんも眠る時間が多い。そうであれば、眠るように死んでくれるのなら、飼い主としても楽かも知れない。
夫は白血病を患い、抗癌剤治療を経て骨髄移植をして今に至る。 何だか変な関係だ。
午後5時20分。れぱんを迎えにいく。
<輸血前>
<輸血後> 前回よりも輸血後の血液は多いことになる。ありがとう、お銀ちゃん。
今回は前回よりも輸血後の赤みが少ない。前回はお鼻もアンヨもまっピンクだったのだけど。
鼻も口周りもピンク色をして、シアワセそうにすぅすぅ眠るれぱんを夫がじっと見ていた。私が近づくと 金曜日も土曜日も、夜中にれぱんは静かだった。途中でトイレに起きる様子もなかった。トイレをする力が弱まっているのでは、と夫が言った。 2010年5月31日(月曜日)
夜中にトイレには起きず、吐き気もなく、ひたすられぱんは眠っていた。
お昼に一時帰宅すると、うんPをもらしていた。お尻に堅いうんPをくっつけたまま。お尻を洗ってやる。 首に力が入らず、また左側に首が傾斜しているため何だか変な格好になってしまうれぱん。私を見ると、首を持ち上げるのだが静止していられないため頭がふーらふーらとこけしのようになる。そんな状態で頭をあっちこっちに揺らしながらも、必死に目だけは私の一点を見つめようとする。切なくてかわいくて涙が出てくる。 れぱんにはもう意識がないというか、物事を認識していないのではないかとさえ思ってしまう。眠い・お腹がすいた・気持ち悪いなど、感覚だけで生きているのではないか。そんなれぱんは果たしてシアワセなのか、ゆらゆら揺れるれぱんを見ながら思った。 夕方以降はとたんにトイレが多くなり、しかもうんPが緩い粘着性のあるうす緑色になった。いつのまにワカメを食べたんだろう。。。いやいや、グリーンウィルスだろうか。 朝昼晩と生肉を良く食べた。 Copyright (C) フェレットのリンパ腫・いたちなあたち
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