2010年7月2010年7月2日(金曜日)
日々大きくなる腫瘍を見て思う。もう一度抗癌剤をやるべきか否か。 また、ドクソラビシンの副作用も含めた一般的な説明は このサイトが簡潔丁寧だった。 2010年7月3日(土曜日)
病院へ。ドキソルビシンの話をしに、2つの資料を片手に向かう。体重550~600g。
海外のサイトで見つけたこと。ドキソラビシンは心臓の筋肉を弱めてしまう副作用があるが、それを避けるために
というものがあった。しかしその薬は先生が持っていらっしゃる本には載っておらず。 また、アメリカで12匹のインスリノーマのフェレットに対してドキソラビシンを用いたところ、血糖値の改善に効果があったという論文発表についても先生に伝えた。 しかし先生はやっぱりドキソラビシンについてはオススメしないと言う。まず何よりもれぱんの現状を考えたらドキソルビシンは強すぎる。抗がん剤を用いる時期はもう過ぎた、ということだろう。 過去に先生がフェレットにドキソラビシンを投与した時には、そのフェレット達はもっと体力があり腫瘍もれぱんのものよりずっと小さい段階での投与だった。1泊もしくは2泊の預かりで点滴で投与していく。点滴投与中に容態が急変したことはない。しかし預かりが終わって飼い主の元に戻し、3週間後にもう一度抗がん剤を頑張りましょうというお約束をして、1匹のフェレットも3週間後に病院を訪れることはなかったようだ。 抗がん剤そのものの副作用もそうだが、腫瘍によく効く抗がん剤のため、腫瘍が壊れて毒素が排出され、その毒素に体が耐えられない場合もある。となると、確かにれぱんほどの腫瘍から毒素が出た場合、れぱんが耐えられるかどうか、非常に難しい判断になる。 さらに血液検査の結果、肝臓の数値も腎臓の数値も1週間前よりかなり高くなっており、とても抗がん剤を用いられる状態ではないことがわかった。 先生が「こんなに大きな腫瘍の子は。。。」ということをおっしゃったので、疑問に思ったことを素直に尋ねてみた。 れぱんの腫瘍は大きい方なのでしょうか。
先生は言った。 そっか。。。生きていることが奇跡な状態なのか。。。 「あと1ヶ月頑張ってくれれば、何だかんだ言って抗がん剤治療を始めて1年が経過します。本当によく頑張ってくれていますね。」 先生にれぱんの肝臓と腎臓の位置を教えてもらった。今日から重点的に霊気を当てよう。 れぱんはカリカリフードを1個噛み砕いてくれた。でもそれ以上食べることはなかった。おやつもそうだ。鼻をくんくんして興味はとてもあるけれど、柔らかいものは噛んでみるけれど、飲み込むことはない。。 2010年7月4日(日曜日)夜中4時に吐き気がひどいので吐き気止めを与える。口から泡が出ているところを見ると、インスリノーマの発作かも知れない。 リュープリンを打ってもらいに病院へ。体重は600g。
先生に、このくらいの腫瘍の大きさのフェレットは過去に見たことがあるかどうかを聞いてみた。すると答えはYES。ではそのフェレット達がどのくらい生きたのか。尋ねてみた。すると先生は、他のフェレットはもっと体重があってがっしりしていたので。。。それでも半年くらいでした。と言った。 そんな背景が分かっていつつも、「半年」という言葉を聞いて嬉しくなってしまった。先生は何か言いたそうだったが、私があまりに嬉しそうだったので口を閉ざした感じだった。分かっています、先生。れぱんがあと半年生きられることがないこと。飼い主の私が一番よく分かっています。でもね、先生。「半年」という希望が少しでも過去の例からあるのなら、喜びたい気持ちになってしまったんです。例えそれがれぱんには当てはまらなくても、可能性があるかも知れないと自分で思うことで少し楽になれるような気がしたんです。
れぱんの首元をもった先生が あれ? と驚き思わず笑った。何だろうと思ったら、れぱんの首にくっきりと浮かび上がるマイクロチップを見つけたらしい。もうだいぶ前から見えていたマイクロチップ。先生が今頃気づいたことに驚いた。
れぱんが若かった頃。私がフェレットの知識がまだまだ浅かった頃。れぱんの首筋にしこりを見つけて、ガンかと思って心配した。たまたま立ち寄ったペットショップでしこりのことを伝えると、「ああマイクロチップですね。」とあっさり言われた。ガンを疑って病院にあやうく駆け込むところだった。
左腕のひじ辺りに赤いぽっちができてきた。段々大きくなっているような気がして先生に相談。先生はそのぽっちをよぉーく観察して
。。。また腫瘍かい。今度は皮膚にできたのね。 れぱんが生肉を食べてくれるので以前のようにシリンジで免疫サポートを与えることに固執しなくなった。肉で栄養は結構摂れているはずだから。水分とビタミン補助を免疫サポートで与えている気持ちだ。 先週あたりから目やにがあまり出なくなった。前はかなり頻繁だったのに。その代わり夜中の吐き気がひどくなってきている。
夜、れぱんがトイレをするのに後ろ足が膝をついた形になっていた。後ろ足が立ち始めたのかも知れない。 2010年7月5日(月曜日)朝4時半に吐き気。口元から白い泡が出ているところをみると、インスリノーマの発作だろう。軽い発作のはず。今回は吐き気止めではなく免疫サポートを与えた。ほどなくして吐き気も止まり、また眠りにつくれぱん。眠る前にステロイドを与えているのだがそれが効かなくなってきたのか。肝臓の悪さを考えるとこれ以上プレドニゾロン(ステロイド)を増やすわけにはいかないだろうし。 また腫瘍が大きくなってきたのがわかる。お腹の腫瘍がぼこっと出てきた。首の腫瘍も。体重の半分近くを腫瘍が占めてしまっているような状況。 左手のぽっちに黒い点を2つ見つけた。ちょっと不安。 今日は肉の食いつきが悪い。夜遅くにようやく口にしてくれた時には嬉しくなった。こうして肉を与えることができるのはあとどれだけだろう。今月いっぱい持ってくれるだろうか。 思えば、れぱんが食べるのをやめたとき。あの時にもうれぱんを失ってもおかしくなかった。あの時100%れぱんを失うと思った。1%の希望も望みもなかった。あの気持ちをもう一度味わうことになるかと思うと怖くて辛くて嫌で仕方がない。あの思いはもう嫌だ。だからと言って、あの時にれぱんが生きる力を吹き返してくれたのは本当に嬉しい。でもまたあの気持ちを味わうのか。。。 週末かられぱんの頭を私の左胸の近くに置いて寝ている。私の心臓の音をれぱんに聞いてもらいたいから。特に治療に効果があるというわけではないが、「れぱん」「れっちゃん」とれぱんの耳元で呼ぶ声以外に、私がれぱんに私の存在を聞かせられるものが思いつかないのだ。お互いに寝ている間も私はれぱんとつながっていたい。私の心臓の音をれぱんが聞いていてくれれば、そしてその音で安心を感じてくれればいいと思う。 うんP、おしっこ、どちらも良好。
肝臓と腎臓の両方を意識して霊気を当て続けている。苦しくならないように。痛くならないように。 (午前4時55分。吐き気が出た。免疫サポートを与えると落ち着く。 昼間に体の色がクリーム色に見えた。黄疸症状を疑ったが、夜に帰宅した際にはいつものれぱんで手足の先も温かかった。) 2010年7月6日(火曜日)
吐き気と共に起きる。午前4時半。急いで免疫サポートを与えて落ち着かせる。 夜、ちょっと気を抜いたら布団の上でおしっこ&うんP。仕方がないことなのに、思わず「もぉーーー!」と叫んでれぱんをつかんだ。れぱんは悪くないのに、つい怒ってしまう自分が情けない。 2010年7月7日(水曜日)夜中にふと目を覚ました。胸の上に載せたれぱんに霊気を当てているはずの両手が下に下りている。慌てて周辺をまさぐってれぱんを探すがいない。ん?と思うと、私の胸の上にいたままだった。今日は夜中に一度も吐き気をもよおさなかった。おしっこを1回しただけ。 昨日から肉をよく食べてくれる。うんPも良い状態。 朝に肉を食べた。 昼間に一時帰宅すると、れぱんはまたリトルジャーニーを楽しんでいた。あれだけ嫌がっていたかまくら型のドームの中にいた。 昼間もよく肉を食べた。
夜にタクシー&自家用車で病院。 雨のせいか、あまり動かないれぱん。いつもは嫌がるかばんにも大人しく入っていた。大人しいと不安になる。元気にもごもご動いてくれていた方がいいな。 新しい布団が届いた。前の布団は丸洗いして記念にとっておこうかな。 2010年7月11日(日曜日)
病院へ。体重550~600g。肝臓の数値は下がっていたが腎臓は相変わらず。血糖値も食べた後であるにも関わらず72と低かった。PCVは39%と変わらず。エリスロポエチンの投与間隔を空けたにも関わらず数値が変わっていないということはありがたい。れぱんの体が血を作り始めているということ。今度は5日間を空けてみることにした。 食欲があるようだったので、試しにカリカリを口元に持っていってみた。ズプリームをくわえ、噛み砕いた。どうせそれだけだろうと思っていたのだが今日は噛み砕いたものを飲み込んだ。たぶんほんのひとかけらだけだと思うが喉を通してくれた。 2010年7月12日(月曜日)
生肉を嫌がる。無理に食べさせると何とか食べてくれる。 夜、背丈が10cmほどのダンボールを嫌がって外に出た。リトルジャーニー開始。その後、またダンボールの中に入ろうと必死になった。後ろ足が立たないため、必死に箱に入ろうとするもののなかなか体が入らない。後ろ足をばたつかせる。ちょうど良い筋肉運動になると思い、助けずにそのまま見守った。5分ほどの奮闘の後に箱にすぽっと入っていった。 2010年7月13日(火曜日)夜、またダンボールから外に出て30cmほどリトルジャーニー。
生肉をがっついて食べる頻度が減ったので心配。 2010年7月15日(木曜日)
肉をあまり食べてくれなくなった。無理矢理口元に持っていってもダメ。
少し暗くなった。少しだけ。 これから免疫サポートだけでいい。何でも口にしてくれれば。とりあえず、免疫サポートで1日50キロカロリーが摂れるようにしよう。 2010年7月16日(金曜日)
夜中に吐き気。久しぶりに吐き気止めを与えた。 これでいい。絶対に肉を食べなくてもいいのだから、ゆっくりとれぱんが「食べたい 」と思えるときをこれからも待とう。 エリスロポエチンを最後に打ってから5日目。まだ元気に頭を動かしているところを見ると、何とか自分で血液を作ってくれているのかな。 2010年7月25日(日曜日)
病院へ。先週と同じく体重500g。
ここのところ免疫サポートを与えると鼻がくしゅくしゅすると言うと先生は顔を曇らせた。 本来は口から入ったものは鼻には入らない。器官の弁がうまく作動できていないのだろう。鼻に入った食べ物(液状)が肺に入り、細菌感染したり肺炎を起こしてしまう可能性があるというのだ。鼻についたものはすぐにふき取り、なるべく免疫サポートを鼻で吸い込まないようにとの指導が入った。気をつけなくては。 2010年7月27日(火曜日)
いつもはれぱんと一緒に行くところに一緒に行かなかった。家で留守番をしてもらったのだが。。。いつもは膝にいるはずのれぱんがおらず、れぱんが死んだらこれがずっと続くと思うとたまらなく悲しくなり、つるっぱげに近くて首を支えられずに振っているれぱんの姿が目に浮かんでたまらなくなってしまった。 2010年7月28日(水曜日)
今週はれぱんは食欲が旺盛。肉・肉♪と、自分から肉を求めて首を振る。 2010年7月29日(木曜日)
昨夜はひどい吐き気で夜中苦しんでいたれぱん。 2010年7月30日(金曜日)
昼間では普通だった。夜から急に食欲を失いぐったりしてしまった。免疫サポートは飲むものの、やはりぐしゅぐしゅしてしまう。肉は一切受け付けない。 2010年7月31日(土曜日)
本来は明日行く予定だったが今日病院へ。体重450g。減ってしまった。。
皮下補液をした方がいいのか、しない方がいいのか尋ねた。ぐったりしている感じがあるので皮下補液で少し栄養をつけさせたい。しかしこんな体なので逆に皮下補液は負担になってしまうようなら止めたい。吐き気をもよおしているようなので、脱水症状が起きているのではと疑っている。 エリスロポエチンと皮下補液。皮下補液をしている最中におもらし。そして良いうんPをしてくれた。今朝も下痢止めを与えたのが良かったのかも。 皮下補液の中に吐き気止めも入れてくれたとのこと。ありがたい。 血液検査の結果、PCVが前回の38%→32%に激減してしまっていることがわかった。不思議な話だが、私は今回の32%という数字を前から知っていた。32%という結果だろうな、なんて思っていた。なんでだろう。。
肝臓の数値はとてもよく適正範囲内に入った。 PCVが低下したのは、エリスロポエチンの投与期間を空けたことにあるのか、それともれぱんの体内でエリスロポエチンへの耐性ができてしまったためなのか。わからない。元のペースに戻して様子を見たらどうか、と先生は言う。しかし。。。 もし今回PCVが下がったことが、エリスロポエチンへの耐性が原因だとしたら。そしてその耐性が出来かけてしまっているときだったら。頻繁にエリスロポエチンを投与していくことは逆効果にならないか。耐性を強化してしまう結果にならないか。
という疑問を先生に投げかけた。先生は、耐性が出来ているということは、その耐性が元に戻ることはないのでいくらエリスロポエチンを投与しても効かないという結果しか得られない。既にできてしまった耐性に対して何かできることはないのだから。
そして私は月曜日に来院することにした。エリスロポエチン投与のためだ。 昼、帰宅して肉を欲しそうにしたので与えてみたが空振り。 Copyright (C) フェレットのリンパ腫・いたちなあたち
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