もうひとつのいたちなあたち~リンパ腫を体中に持ちながらもシアワセに生きたフェレットの記録~

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フェレットのリンパ腫

2010年4月

2010年4月1日(木曜日)

4月を一緒に迎えられるとは昨年から100%思っていなかった。1%の望みもなかった。夜、れぱんと一緒に桜を見ながら感慨深かった。

れぱんはトイレのときに両後ろ足を曲げることが難しくなったようだ。片方の足をピーンと前に伸ばしてしまう。もう片方は曲げていられるのに。両足で踏ん張る力がなくなってきたのかもしれない。

しかしトイレの場所まで自分で行って用を足すし、トイレからベッドまでなんとか自力で休み休みだが戻っている。昨晩夫がれぱんに霊気を当てながら「れっちゃんビリビリ来ますねー。痛いですねー。」と声をかけていた。霊気が効いているのかな。そう思いたい。

2010年4月2日(金曜日

夜中に吐き気があった。副作用が出てきたのだろうか。

2010年4月3日(土曜日)

少し寒い朝。お花見は難しいかもと思った。しかし桜は満開だ。土日に満開になるなんてもう何年もない。いつも平日に満開で、土日の花見ができるときには散ってしまっている状態だった。今日明日の土日で絶対にお花見がしたいと思った。
お昼過ぎ、晴れた。青空に満開の桜をれぱんと一緒に見上げながら涙が出そうになった。
れぱん、桜を一緒に見られるなんて本当に思っていなかったから。れぱんから大きなプレゼントをもらった気分。

昨年秋に覚悟をし始めた時、桜柄のフェレットの着物を作った。とても可愛くて気に入った柄だったから、おそろいのかばんも作ろうと思ったのだけど。。。一緒にお花見をすることは不可能だろうから、と、かばんは自分用にはあえて作らなかった。だってかばんを作って、実際のお花見には人間の私だけがかばんを持って、着物を着てくれるれぱんがこの世にいないのは辛すぎるから。
でも一緒にお花見ができたのだから、かばんも作っておけば良かったかな。

おそろいじゃないけど、同じピンク色を着て桜を見た。ピンクの花びらの中にれぱんを入れてカメラのシャッターを切る。背景も薄いピンク色と青空でれぱんを彩ってくれた。れぱん、この写真を私は一生の宝物にするからね。

あまりに嬉しくて私は少しはしゃぎすぎてしまった。れぱんを疲れさせてしまったようだったので早めに帰路に着く。とは言っても、歩いて20秒の公園から自宅に戻っただけだけど。

トイレもまだしっかりしている。後ろ足は大抵爪先を丸めた状態になってしまうけれど、それでもトイレの時にはちゃんとトイレまで行こうとするし、後ろ足を踏ん張ろうとする。がんばれ、がんばれれぱん。

2010年4月4日(日曜日)

今日もお花見ができると思っていたのに、昨日とは打って変わって寒い曇り空。それでも昼過ぎには晴れると期待するも終日曇り。夕方から雨。少しだけお花見をしたけれど、昨日公園でいっぱい写真を撮っておいて本当に良かった。

午前中に病院。ファラオの検便とれぱんの薬をもらいに行くためなのだが、ファラオのうんPを調べてもらうのだかられぱんのうんPも診てもらいたくて持っていった。
ファラオのうんPは菌のバランス問題なし。寄生虫もいない。
れぱんのうんPもきわめて良好な状態だった。安心した。
体重600g。減ったまま変わらない。もう戻ってはくれないのかな。

先生がれぱんを触ったときに、あれ?と言った。なんだろうと不安がよぎる。

「あれ?。。。。小さくなってる。。? いやいや。。。うーん。この程度の大きさでしたっけ。」

ちょっと先生を恨んでしまった。
先生、期待をさせないで下さい。もう私は諦めているんだから。諦めながらも、今日か明日かれぱんを失うのは、と覚悟を決め続ける日々なのですから。期待をしてその期待が外れることにはもう疲れました。穏やかにただ穏やかにれぱんが逝ってくれれば良いとそれだけ願う日々なのですから。
なので先生に言いました。

「今度はここ(カレンダーのゴールデンウィークを指して)で見送りたいと思っています。本当はここ(3月の連休)で見送れたらと思っていたんですが、それを超えてがんばってくれてしまっているので。次の大きな休みが取れるのはここ(GW)なのでここで。。。と思っているんです。」

先生はにっこり笑って

「がんばりましょう。」

とおっしゃった。先生、先生のおかげなのですよ。ここまでれぱんが頑張ってこられたのは。
私と夫が毎日毎日霊気を当て続けているのと、先生の豊富な知識・経験に基づいた的確な判断・確実な処置のおかげで、れぱんはこうして私と一緒にいてくれているのです。ありがとう、先生。尊敬しています。

引き続き3種類の薬(肝臓薬、プレドニゾロン(ステロイド)、蛋白同化ホルモン(アナボリックステロイド))を与えていく。

もう抗癌剤は先週で最後、と思っていたのだが、先生の「小さくなった?」という言葉でがらりと考えが変わってしまった。やっぱり抗癌剤は続けていこう。れぱん、副作用に一緒に戦おう。ここのところまた夜中に吐き気が出てきているけれど、私も一緒に起きて体をさするから。霊気を当てるから。

先週から特に、免疫サポートを飲ませた後でれぱんが鼻を咳き込む。鼻を咳き込むというのは変な表現だが、たぶん免疫サポートを飲み込もうとして、喉にある大きな腫瘍が邪魔をして鼻の器官に免疫サポートが入り込んでしまっているせいだろう。
免疫サポートを少しずつ与えると共に、喉の腫瘍を中心に霊気を当てていく。

この土日はれぱんの体・腫瘍に手を当てると痛みやピリピリ感を強く感じる。悪くなっている証拠だろう。せめてれぱんが痛みを感じないように、このまま霊気を当て続けていこう。

2010年4月5日(月曜日)

昼休みに一時帰宅。 最初の免疫サポートを嫌がる。飲み込むのが辛いのか、目がうるんでいる。ちょっと残して1回目の強制給餌を終える。
2回目の強制給餌の際には、多少はゴクゴク飲んでくれた。飲み込む音が大きい。ごぼごぼという音を立てて、免疫サポートが喉を通っていくのがわかる。「飲み込む」ということをかなり意識しているのだろうか。

お尻に2箇所、赤いものが見えた。どこかにぶつけたのかも。

夜に帰宅すると、ちゃんとトイレでうんPをしていた。
夜の1回目の強制給餌でシリンジの最後の1本の半分が残ってしまった。飲みたくないと顔をそむけ、いやいやするれぱんに無理矢理やりたくなかった。気になっていた右目の目やにを完全に取り除いてやって、1回目はシリンジ2本半で諦めた。
2回目はシリンジがまるまる1本余ってしまった。

ずどんと落ち込んだ。今まで足が動かなくなっても毛が生えなくなっても、食べてさえくれていれば安心だった。その「食」が失われたら最後だ。

帰宅した夫に話をすると、すぐに夫は霊気をれぱんの喉に当て始めた。私が夕飯を作っている間、夫はずっと右手でファラオの相手をしながら左手でれぱんの喉に霊気を当てる。

夜8時の強制給餌でも3本完食できない。

一緒に寝ている最中も、ずっと喉に霊気を当て続けた。

2010年4月6日(火曜日)

昨日の夜も今日の夜も、れぱんの声で目が覚める。声といっても鳴き声ではなく、口をかしゅかしゅしている音やふんふんと鼻を鳴らす音。このごろ毎晩れぱんを私の胸やお腹の上に置いて寝ているのだが、途中で暑くなったのか布団から顔だけ出して寝ているれぱん。そのため私の耳の真横にれぱんの顔が来る形になるのだ。前の晩は私の右側、そして今晩は私の左側にれぱんの顔があった。
夜中の吐き気は毎晩続いている。

朝は3回ともちゃんと免疫サポートを飲んでくれた。すこーしだけ嫌がるそぶりを見せたが、大きな抵抗はないようだ。霊気が効いたのかな。

心なしか足元がしっかりしてきた気がする。日曜日の夕方、桜の前では後ろ足がまったく立たずにこちらに来たくても来られない感じだったけれど、室内では歩き方がしっかりしてきた。途中で横たわることはあっても、ガタッと音を立てて倒れる姿を見ない。

ただ布団に横たわるれぱんの毛が薄くなり、皮膚が見えて、あばら骨が見えるのを確認して悲しい気持ちになった。前からずっと同じ量の免疫サポートを飲んでいるのに痩せていく。腫瘍はどんどん大きくなってくる。
物を飲み込めなくなるのはいやだ。内臓に腫瘍が入り込んで痛がるのもいやだ。ただただ、ゆっくりとれぱんの細胞が生きることを止めてくれればいいと思う。れぱんにとって出来る限り苦しくないように。眠りながら死んでほしいと願うばかりだ。

夜6時に帰宅するとちゃんとトイレにトイレ(うんP)をしていた。昨日も今日も、ずっと私が不在中はちゃんとトイレまで頑張って歩いているようだ。

霊気が効いたのかもしれない。今日は1度も免疫サポートをいやいやすることもなく、きちんと決められた量を飲んでくれた。変なゴボゴボ音も聞こえない。多少、鼻の器官に入ったような音は昼間に聞こえたが、昨日とは全然違う様子。夫に話をすると「今日も頑張って霊気を当てよう!」と意気込んでいた。

あばら骨や背骨がかなり目立つようになった。同じ量の免疫サポートを与えているのにやせ続けている。免疫サポートの量を増やしてみようか。消化するのに内臓に負担をかけてしまうかも知れない。どちらをとってどちらを切るのか。どちらをとれば1時間でも長生きしてくれるのか。全くわからず直感を信じて動いている。いつもは午後9時~9時半にはラストミールなのだが、今日は10時にもう1回多めに免疫サポートを与えた。

2010年4月7日(水曜日)

明け方、うーん、とふんふんうなりながらもぞもぞ動くれぱんを左手に感じる。私の腕がれぱんの体の上に乗っかってしまっていた。ごめんごめん、と腕を動かし、左手をれぱんの喉元に当てる。霊気霊気。
今日は明け方までトイレがなかった。夜中に起きなかったのは久しぶり。

夜7時のエサで激しく鼻を鳴らした。飲んでいる最中というよりは、飲んでから免疫サポートが食道を逆流しているような感じだ。逆流して鼻の器官に入り込んでいるのかも知れない。
獣医さんに電話。診療時間を5分過ぎていたけれど電話に出てくれた。1回の食事の量を減らして、その分回数を多くしてみてはどうかというアドバイスだった。

アドバイスに従い、何とか1日のミールを全て終えた。

2010年4月8日(木曜日)

朝から全然食事を受け付けない。飲み込むがすぐに逆流し、その逆流が苦しいため食事を嫌がる。
ただ、甘いシロップ系の薬は喜んで飲もうとする。

朝、昼、ともに所定の量を与えることができなかった。今日は病院に連れて行く。

調べたところ、フェレットの食道は人間のそれと良く似ているという。

夜に病院へ連れて行った。体重は550g。持ってみても明らかに軽いのがわかっていたので体重減少についてはあまりショックはなかった。
レントゲンを撮ってもらったところ、色々な所見が。

  • ・ 胸の辺り(心臓周辺)に大きな腫瘍があり、それが食道を圧迫していいるため飲み込みづらい状況になっている。
  • ・ 胃の周辺にも複数の腫瘍が大きくなってきていて胃を圧迫している状態。
  • ・ 本来ならあばら骨のそばにあるはずの腸がお尻の方に位置している。胃と腸の間で腫瘍が大きくなり腸を押し出している。

そのため、胃から腸へと続く器官が圧迫されている。
すなわち、体中が腫瘍に冒されているため内臓や器官をどんどん圧迫してしまい、栄養素が循環しづらいということ。

先生としては全く勧めるつもりはないようだが、いくつか獣医師としてできることを挙げてくれた。

  • 1. 皮下補液。
    → でも水分だけですよね、と聞く私に先生は水分とビタミンが少しと答えた。プロテインはないですよね、と聞くとそれは入っていないとのこと。私としては生きる力になるたんぱく質や脂肪を摂らせたいので皮下補液はしないことに決めた。(でも病院を出て少し後悔。たとえ水分でもビタミンでも与えた方が良かったのかもしれない。)
  • 2. たんぱく質などの栄養素を入れられる点滴。ただしこれは入院しないと不可能で、さらに1日で注入できる点滴量は、1日に必要な栄養素の半分量でしかない。
    → もう先が短いので一緒にいたい。入院は考えられない。
  • 3. お腹に穴を開けて胃まで管を通し、そこから直接栄養素(免疫サポートなど)を送り込む。ただしフェレット用の細い管がないことと、お腹から管が出ていることでフェレットが管をかじって噛み切ってしまう。洋服などを着せていないと難しい。
    → 洋服?洋服っておっしゃいました?? 洋服なられぱんのだけで1000枚ありますけど。
  • 4. 鼻から管を胃まで通し、管の先を頭の後ろの皮膚に縫い付けて、後頭部に位置させた管から胃に直接免疫サポートなどの栄養素を送る。ただし管もフェレット専用のものがない。もし管を気にして引っ掻いてしまい、鼻の部分から管を噛み切られてしまうと今度は管を取り除く手術が必要になる。
    → 管を噛み切る力はもうないように思えるが、底力がないとも言い切れない。フルタイムで働いていて目を離す時間が長い以上難しいかも。でも胃に穴を開けるよりはいいかな。
  • 「ただ手術に関しては全てこの子が手術に持ちこたえてくれれば、の話です。」
    「うまくいったとしても延命処置でしかありません。」

    全身麻酔はもう厳しいのは確かだ。管を通したい気持ちはあるのだが、手術にいつも肯定的な私でもさすがにもう無理かと思う。

    「。。。手の施しようがない状態です。」

    先生、それはね、もう数ヶ月前から分かっています。本人が食事をもう一切受け付けない(=食べることをやめた)のであれば私も何もせずにそのまま見送ります。でも本人は食べたがっていて、ただただ飲み込めない状況というだけなんです。それがかわいそうなので今は何かしてやりたいんです。

    とりあえずは免疫サポートを少しずつ飲ませ、その際は体をなるべく垂直にして重力で飲み込んだものが下に行きやすいようにする。 吐き気止め(プリンペラン)は胃の動きを活発にしてくれる手助けも兼ねているとのことなので、新しくプリンペランをもらうことにした。プリンペランは食前に飲ませるのが普通なので、これから嫌がるれぱんに何とか飲ませたい。

    1時間に1本のシリンジ(3ml)を飲むのがやっとになってしまった。
    ただ、免疫サポートは嫌がっても甘いシロップ(薬)は飲みたがる。インスリノーマには良くないのだが、糖分が入った栄養剤に変えようかと思い始めている。もうこうなったら、糖分がインスリノーマに大敵とは言っていられない。もうどうあっても長くないのだから。とにかく何か栄養素を体に入れさせたい。

    2010年4月9日(金曜日)

    朝6時に起きて免疫サポート。1本がやっと。
    6時半。もう1本を試そうとするが2mlでダメだった。30分おきは間隔が短すぎるのだろう。7時に1本。次は45分間を空けて7時45分にやったところ、なんとか1本飲んでくれた。

    今までは1回3mlx3本やっていたのに、今は45分に1本(3ml)の量。つい2日前まであんなに元気に飲んでいたのに。2日前に比べて今のれぱんが摂取できる栄養素は激減してしまった。何とかしなければ。

    自分でれぱん用の流動食を作ってみようかと考えた。液体たんぱく質にビタミン剤を加えてみてはどうかと。
    糖類だって、食べたいものを食べさせればいいのではないかと考えた。

    そこで調べてみたのだが、がん細胞は糖分をその増殖に使っているとの記事があった。
    糖分を与えれば与えるほどがん細胞が増殖してしまうことが書かれている。

    どうしよう。食べたいものを食べさせて死期を早めるか、食べたくないものを頑張って食べさせて延命させるか。

    いつも思う。
    前後上下の見えないアミダクジを直感で引きながら進んでいるような状態だと。進む先に何があるのかが見えないのは勿論だが、横に進めば道があるのか、それさえも分からない状態でとにかく危ない橋を渡っているような状態。

    アミノ酸がガン細胞の撲滅に効果がある、という情報を得たのでちょこちょこ調べて見た。
    CAAT Amino Acid Formula
    1つ目の記事
    2つ目の記事

    2010年4月10日(土曜日)

    れぱんは少しずつ飲めるようになった。0.5mlずつ、45分おき。欲張って1回を多く与えたり与える間隔を短くしてしまうとむせるというか鼻の器官に免疫サポートが逆流してしまう。

    れぱんに霊気を当てながら、尻尾にも骨があることを認識する。1つ1つの骨が組み合わさってれぱんのシッポが形成されているのだと、ぼんやりと認識した。

    トイレの時はちゃんと後ろ足を折って踏ん張ってしている。でも足先の指は内側に丸まっている。

    夜、れぱんのお腹がぺったんこなことに悲しくなりながら霊気を当てた。

    2010年4月11日(日曜日)

    朝方にれぱんのうなり声のような苦しそうな高音で目覚める。私の体がれぱんに重くのしかかってしまっていた。危ない。いくらすぐに目覚めると言っても、れぱんが声を出せなくなったら大変だ。気をつけなくては。

    れぱんは朝から調子が良かった。1回に1本のシリンジ(3ml)を1回で一気に飲めるようになっていた。しかしやはり欲張るとダメらしい。少しずつ良くなればいいと思う。

    本当なら今日は抗がん剤の日だった。夫に「今週は抗がん剤を休もうと思う」と伝えると、夫は顔を曇らせた。

    「それが治療の上での決断なら良いが、諦めであるのなら反対だ。」
    「獣医さんの判断で、抗がん剤が効果がないと診断してのことならいいけれど。」

    と言う。
    でも先生はもうだいぶ前から抗がん剤には否定的だった。抗がん剤を打っても打ってもれぱんの腫瘍は一向に小さくなる気配がないからだ。

    「でもそれが内臓に効いている可能性はあるし、抗がん剤が全く効果がないとは思えない。」

    と夫は続けた。

    でも私にはもうわからない。
    抗がん剤を打つことのメリットと、抗がん剤を打たないことのメリット。どちらを取ればいいのか、全くわからないのだ。
    抗がん剤は悪い細胞だけでなく、良い細胞も破壊してしまう。
    抗がん剤を打つことで、がん細胞に働きかけるメリットと良い細胞を破壊してしまうデメリット。
    抗がん剤を打たないことで、良い細胞を生かしておけるメリットと、がん細胞がどんどん大きくなるデメリットと。
    どちらがれぱんの死期を早めてしまうのか全くわからない。

    抗がん剤を打たないと決めることが、決断なのか諦めなのか。それもわからない。

    どちらかが51%でどちらかが49%。そしてそれがどっちがどっちなのかわからない。
    抗がん剤をやめることで、もうこれからはれぱんが死ぬのを待つばかりになってしまう。抗がん剤をやめることで、副作用の吐き気を見ないで済むし良い細胞が生きる力を残しておける。

    私が「抗がん剤の効き目がゼロだと判断」できるわけもなく、「諦め」だと思いたいわけはなく、もう頭がぐちゃぐちゃの状態。

    しかし今回私が「抗がん剤を今週は打たない」と決めたのは、もうれぱんが今週一杯持つかどうかわからないと思うことに拠るところが大きい。
    今週を持ちこたえたら、週末に抗がん剤を打つことも視野に入れるかもしれない。

    「それならもう抗がん剤は完全に止める方向でいったほうがいい。抗がん剤はそれなりのプロトコルがあって、投与周期が決められたものだから、それを1回でも外すならもうそれは意味のないことになってしまう。」

    いつもは柔らかい言い回しの夫が、抗がん剤に関しては非常に強い口調で確固たる持論を持って話す。

    今の私にはそれが辛い。

    夜、初めてれぱんは座ったままトイレをしてしまった。まだ自分でトイレまでは行くものの、トイレシーツが滑ってうまく踏ん張れずにお嬢様すわりの状態になり、そのままトイレをしてしまったのだ。

    こうして段々、「当たり前にできていたこと」が1つ1つなくなっていく。

    2010年4月12日(月曜日)

    夫がれぱんに霊気を当てているとき、れぱんの後頭部とそこからつながる首筋が見えた。いつもれぱんを見るときは正面からや側面が多くて、こんなに長い時間後ろを見ることがなかったように思える。
    その痩せた頭と首を後ろから見て、切なくて切なくて涙が止まらなくなった。可愛く可愛くて、切なくて苦しかった。

    夜中から、れぱんが非常に大きな声を出す。苦しいせいだろう。「あー」という声。れぱんの声を聞くのははじめてかも知れない。 こんなときなのに、その声が可愛らしいと思えてしまった。

    朝、がんばってシリンジを7時から8時半の間に4本飲ませた。ちょっと苦しそうだ。
    飲ませた後で最低1分間は体を完全に垂直に立たせた状態を保つ。こうすることで免疫サポートが食道から胃に通りやすく、さらに逆流を防ぐためだ。
    その後床に放すのだが、れぱんは少し放心状態になり、数歩歩いてまた止まってじっとし、それからベッドになだれ込む状態。

    アミノ酸が体に良いという情報をネットで見たので調べてみる。
    しかし中には、逆にアミノ酸ががん細胞を増殖させる栄養素になってしまうことも指摘されている。
    この記事だ。

    土曜日から、アズミラのビタミン剤を混ぜる。糖質が15g中2.2gと非常に多いので甘いせいか、喜んで飲む。そのぶんうんPはオレンジ色になった。
    糖質は大敵だとは知りつつも、喜んで飲んでくれるならもういいかなと思う。もう何をやっても無理なのだから、嫌がるものを無理矢理与えるよりは喜んで飲んでくれるものを与えていきたい。

    ビタミンDはリンパ腫に耐える体を作るらしい。
    調べたら免疫サポートには1袋あたり51mgのビタミンDが含まれていた。ただしビタミンC、アルギニン、ビタミンEが全く入っていないことがわかった。今更!

    昼に一時帰宅。ちゃんとトイレにうんPがしてあった。ベッドに目をやると、れぱんの足が2本はみ出ていた。一生懸命にトイレまで歩いて、シーツの上にちゃんとして、それからまた一生懸命ベッドまで戻ってから力尽きたことをそのはみ出た2本の足が物語っていて、たまらない気持ちになった。

    3mlシリンジを2本飲ませた。しかし両方とも、飲んだ後で口をあけたり顔をのけぞらせたりして苦しがった。たんが絡んだようなガラガラ音や、お腹が鳴る音、れぱんの口から「くぅー」「あー」という声が漏れる。
    霊気を当てながら、必死で体を上から下にさすり、「流れるよ、流れるよ。苦しくないよ。」と声に出した。

    飲む力はあるのに、その飲み込んだものを対処しきれていない。
    このまま衰弱して、もしかしたら来週中には失ってしまうかも知れない。

    2010年4月13日(火曜日)

    午前2時55分に目が覚めた。れぱんが横で口をくにゃくにゃさせている。気持ち悪いのだろう。あーという声も出した。

    とうとう私が疲れが出てきたようで、夜中に眠れずにいた。

    今朝は午前半休をとることにした。

    れぱんは声を良く出す。苦しいんだろうな。

    夜、ファラオが体調不良。明らかに前回のような肺炎の症状が出ている。夜間病院に連れて行く。かかりつけ以外の病院に連れて行くのは戸惑うことがあったが、それでもそんなことはこだわっていられないくらい症状がひどい。

    ファラオをつれて帰宅途中の夜11時半。れぱんが水ゲリをした。免疫サポートの色がそのままでたような黄ばんだ水下痢。それを見た途端に私の胃が痛み出した。

    しかし今日ファラオがお世話になった動物病院で、優しい2人の女性獣医さんと看護師さんの言葉に救われた気がした。
    れぱんの体調を話した時、獣医さんは
    「うん?でもこの子まだ全然元気よ。しっかりしてる。」「でもこの子にとっては病気なんてわかっていないんだから。」
    看護師さんは
    「しょーがないよねぇ、フェレットだもんね。」
    なんだろう。文章にすると良い印象のない言葉に見えてしまうが、本当に2人は優しく言ってくれた。そして私は彼女たちの言葉に ふっ と気持ちが楽になった。誕生日の26日まで無理かも知れないと思っていたが、なぜかこのとき絶対に大丈夫だなんて思えてしまったんだから。

    2010年4月14日(水曜日)

    1日休みをとる。ファラオを病院に連れて行き、帰宅後体を休めた。
    れぱんは夕方、トイレに運んで体を置いてやると横に倒れ、そのまま漏らしてしまった。とうとう立っておトイレができなくなってきたようだ。

    1回の食事でシリンジ2本飲めるようになった。すごいぞれぱん。

    2010年4月15日(木曜日)

    お昼ごはんにシリンジ2本ずつ。ちょっとむせてしまった。
    トイレに体を起こしてシーツまで這って行くものの、いざトイレに着いたら倒れこんだまま漏らしてしまった。

    れぱんが足を滑らせないように廊下に長く敷いていたマットがない状態にもだいぶ慣れてきた。
    れぱんを見送ったらここにファラオを住まわせようと思う。ファラオがドアをガリガリしないかな、と考えたときに、れぱんの「出してコール」を思い出した。れぱんが「出して」とドアを手でガンガン叩くあの音を聞くことはもうないんだと認識すると悲しい。

    2010年4月17日(土曜日)

    私の不注意だった。完全に私のミス。
    午前9時20分に外出。家族も家にいたため安心してれの字をジャケットにくるんで床に置き、真横にトイレシートを置いて出かけた。用事を済ませて今日退院するファラオを迎えに病院に直行しようと思っていたのだが、やはりれぱんが気になり一時帰宅。このとき2時45分。れぱんがジャケットにくるまっているものと思い、れぱんの免疫サポートを用意しながらジャケットをめくる。いない。ジャケットの中にうんPとおしっこを見つけた。ジャケットの中で漏らしてしまい、そこかで出たのだろう。いそうなところを探すがいない。あれ?と思い、今までれぱんが行ったことがない方向を探すといた。
    タオルの上に顔を載せて横向きになっていた。体を持ち上げた途端にどきっとした。

    体が冷たい。固まっている。

    ついにその時が来たか。妙に落ち着いてしまった。
    れぱんの首は床に放置されていたタオルの上に載せた状態のまま首筋が反った状態で固まっている。目も両方とも薄目のまま。すぐに病院に連れて行く気持ちなのに、一旦ソファに座っていつもの格好でれぱんを抱く。1秒、2秒でも考える時間が欲しかったのかも知れない。 そしてソファから立ちあがり、用意していたシリンジに入れた免疫サポートを2本持って車に乗る。れぱんは体が冷たかったのでマフラーにくるんだ。

    病院に向かう途中、れぱんの心臓がまだ強く動いていることを確認する。

    「れぱん、れぱん、まだダメだよ。逝っちゃだめだよ。れぱんれぱんれぱんれぱんれぱん」

    れぱんの名前を呼びながら運転する。右手でハンドルを操り、左手でれぱんの体を温める。お腹冷たい。頭も冷たい。首筋はぱんぱんに張った状態で冷たい。お腹が固まっているような感じもする。
    こんな状態でも、病院に着くまでの間に80%はれぱんは助かると思った。父がこの時期にれぱんを私から持っていくことはまずないと信じていたし、れぱんの体が少しずつ温かくなったし、シリンジの免疫サポートを2本れぱんが自分から飲みたがって飲んでくれたし、何より心臓が強く動いていたから。
    免疫サポートを与えるときにほんの少し躊躇した。死ぬ直前は水を欲しがり、水を与えるとすぐ死んでしまうから。このまま水分である免疫サポートを飲んでれぱんが逝ってしまったらどうしようと思った。

    病院に到着。
    待合室には何組も人が待っていた。女医さんが聴診器を手に飛び出してきてくれた。その女医さんがれぱんの心臓も呼吸もしっかりしていると確認してくれた途端、涙が出てしまった。病院では泣かないって決めていたんだけどなぁ。。。

    順番を1つ飛ばしてもらい診察室に呼ばれた。飛ばしてしまった人に挨拶をしながら診察室に入る。
    体温36度1分。低体温症と軽い脱水症状をおこしているとのこと。すぐに湯たんぽで温めた状態で皮下補液をしてもらう。注射針が入るとれぱんは目をぱっちり開けて「痛いです。」と首をおこして補ていしていた看護師さんを見る。
    痛みに対して反応が十分にあることがわかり、安心した。
    皮下補液を注入後、保温室に入る。シリンジ2本の免疫サポートを与える。自分から免疫サポートを飲んでいる様子を見て先生も安心した様子だった。「あ、自分からそうやって飲むんですね。」と。
    皮下補液をしているのだから免疫サポートはもしかして不要?と尋ねると、皮下補液で補えるのは水分と少量のビタミン。たんぱく質は補えないので、免疫サポートを飲めるなら飲んでもらうことで栄養もいき、口から摂取することで体温があがるのでとても良いとのこと。
    6時までの3時間の間に途中で2回、各6mlずつ免疫サポートを与えた。

    その間に横のペットショップで来週の誕生日に合わせてケーキを注文する。もう注文しても大丈夫な気がする。れぱんは26日まで頑張ってくれそうな気がする。

    5時50分。れぱんを保温室から出す。体温も38度まで戻った。

    首が寝違えたように突っ張ったことを話すと、先生は
    「硬直が始まっていたんですね。凍死するのと同じで、どんどん冷たくなって固まっていきます。危ないところでした。」

    もし私がファラオの退院を先にしていたら。もし用事がもっと長引いていたら。
    れぱんは心臓を一生懸命動かして呼吸もしているのに、そのまま体が固まっていってしまったかも知れない。身震いした。

    帰り道の車でれぱんの体はもともとこんなに熱いものなんだと分かった。頭も熱かった。さっきは冷たかったのに。 れぱん、戻って来てくれてありがとう。

    2010年4月18日(日曜日)

    なかなか私は眠れなかった。夜中に何度もはっと目が覚めた。
    明け方に水ゲリをしたれぱん。
    新しく注文して届いたものを色々と免疫サポートに混ぜたのが良くなかったのかも知れない。
    新しいサプリメントを入れるのを止めて流動食の中身を元に戻し、免疫サポートとビタミンをちょっと多めに入れた。

    夕方から免疫サポートを嫌がり始めた。久しぶりに首を押さえて横から免疫サポートを流した。
    夜中に吐き気がひどかった。寝る前に吐き気止めを与える。
    あばら骨もひどい。

    2010年4月19日(月曜日)

    夜中に吐き気があり、朝起きてもやっぱり気持ち悪そうにしていた。そのため朝6時30分に一度吐き気止めを与えてから免疫サポートを6ml与える。
    少し免疫サポートを嫌がった。

    昼間は最初嫌がるそぶりを見せたが、久々に3mlのシリンジを1回に3本、合計2セットを昼休みの間に与えることができた。途中でつっかかることも、ごぼごぼ言うことも、咳もなかった。
    若干緩いが、良い便をしてくれた。ここのところ便がオレンジ色だ。ビタミン剤を入れすぎているのか、消化する力がもうないのか。

    週末辺りからもう自分でトイレシートの上で立っていられなくなった。一度おしっこを始めてしまえば何とか後ろ足は踏ん張ってくれるのだが、それまでの間に横に倒れてしまう。細いお尻を手で支えてやる。

    夜には3mlx3本を1セットとして以前のようにゴクゴク飲んでくれた。うんPもかなり良いものが出ている。オレンジ色が気になるけれど。。

    飲んでも飲んでも痩せていくのは、やっぱり腫瘍に栄養がとられてしまっているんだろうな。

    2010年4月20日(火曜日)

    朝、免疫サポートのにおいに反応するれぱん。お腹が空いたのかしら。
    さらに、ゴクゴクと3本を飲み干した後でタオルの上に落ちた免疫サポートのにおいを嗅ぐ。まだ飲みたい素振りだ。4本目にチャレンジすると、6時45分の時点では4本目の途中でちょっとつかえたものの最後まで飲んだ。7時45分、8時半のときには4本ガッツリ飲んだ。栄養が少しでも体にいってくれれば良いのだけど。

    昼休みには、3mlx4本を2セット飲んでくれた。なんでこんなに急に食欲が出てきたのだろう。
    与えているときにテレビから「死ぬ前の人はよく食べてよくしゃべります。」との声が聞こえてきた。なんて悪いタイミング。

    トイレをベッドのからちょっと出たところにやっていた。ちょうどベッドとトイレシーツの間にうんPがあった。トイレまであと少しだったのに惜しかったね。でもがんばったね。

    夜帰宅するとベッドの横にトイレのあとがあった。一応はベッドから抜け出してトイレをしているらしい。
    顔を出して寝ていたので、試しに免疫サポートのついたシリンジを鼻先にちょこっと持っていってみた。顔を持ち上げ、「ご飯?ご飯?今ご飯のにおいがしたんですけど。どこ?ご飯どこ?」とばかりにきょろきょろ辺りを見回して免疫サポートを探す。どんだけお腹が空いているんだろう。

    夜、れぱんの左後ろ足の小指が外側にやや曲がっているのを見つける。後ろ足がうまく立たないため、指に負担がかかっているのだろう。最近は指を伸ばして立つのではなく、全ての指を内側に丸めた状態で前足も後ろ足も立っている状態。このため変なところに負担が集中して指が曲がってしまうのだろう。かわいそうに。

    1回3mlx4本を45分おきに9時半まで与えた。

    夜中に吐き気が出た。
    夜中2回うんP。飲む量が多いとうんPも多い。オレンジ色はなくなった。
    あーという声を久しぶりに聞く。2回も。苦しいらしい。

    2010年4月21日(水曜日)

    明け方、れぱんが苦しそうに動いた。吐き気がするのか。
    考えてみたら、オメガダームの量が多かったかもしれない。胸焼けを起こしているのかも。調子に乗ってオメガダームを沢山入れてしまった。気をつけなくちゃ。

    昼、夜帰宅時、共にベッドからすぐ側の洋服の上にうんPがしてあった。一応はベッドから出てトイレしているらしい。

    夜におしっこでベッドを漏らしてしまった。ベッドの上に敷いてあった洋服の上だったので、その洋服を洗濯した。

    すこーし体が重くなったかな。体重が50gくらい増えたかもしれない。

    2010年4月24日(土曜日)

    うんPの具合が下痢になったり普通になったり安定していない。
    午後6時半に病院へ。薬をもらうのと、ちょっと気になったことを試してもらいたかったから。
    体重500g。
    れぱんに触ったときに先生がにっこり笑って「今日はあったかいですね。」とおっしゃった。私も思わずにっこり。
    そして先生、「あさって誕生日ですよね。」
    私も思わず「はいーーーーー♪♪♪」
    でも先生、なんでご存知?れぱんをつれてきた時にはまだ誕生日を調べていなくて、確か勝手に5月7日と問診表に記入したと思うのだけど。

    先生にお願いしてレントゲンを撮ってもらった。
    先月、急に免疫サポートを飲み込めなくなったときに食道と胃を腫瘍が圧迫していた。しかし4月15日の夜、急に飲み込めるようになった。なんでだろう、とずっと不思議だったのだ。
    レントゲンの結果、食道の腫瘍の場所も大きさも変わらなかった。しかしその飲み込めない時期に撮ったレントゲンと比べて、明らかに今回のレントゲン写真では胃が大きくはっきり見える。前回は胃が小さくさらに白いモヤが胃の上にかかっていたのに、今回は胃も黒っぽくはっきり大きく写っている。
    腫瘍の位置がうまく移動してくれたのだろう。前回免疫サポートを飲み込めなくなっていたのは食道にできた腫瘍ではなく胃の周辺の腫瘍が原因だったことが判った。
    腸の色も大きさも前回より大きくなっている気がして尋ねると、先生はガスが溜まっているせいだと答えた。

    「流動食をしている子は仕方がないんです。」

    とのこと。ガスに気密性がおきない限りは特段問題がないとのことなので、とりあえずは安心。

    次に血液検査の結果が出た。肝臓の数値も腎臓の数値もビックリするほど下がっていて、かなり正常値に近づいていた。
    えっ?と思う私。
    しかし先生の顔は明るくならない。

    「抗癌剤を止めたことで内臓に負担がかからなくなって本来の動きを取り戻してくれているのかと思う反面。。。」

    なになに先生、はっきり言って!

    「こうした状況の子で肝臓の数値が下がるのは喜べない疑いがあるんです。肝臓の数値が高いということは、肝臓が壊れかけてそれが数値となって現れてきます。しかし肝臓が死んでしまったりその機能を果たせなくなってしまうと数値は下がります。肝硬変です。そしてそうした場合、腎臓の数値も合わせて下がるんです。」

    腎臓の数値も下がってますけど。。。(暗)
    肝硬変はどんな症状ですか。

    「まず下痢があります。」

    。。。思い当たることがあります。。。(真っ暗)

    「体の中の毒素は肝臓で分解されるのですが、その肝機能が働かないため体に毒素が溜まります。痙攣を起こしたり、大体がその前に意識が朦朧となります。」

    レントゲンで判りませんか?例えば肝臓が異常に腫れているとか。

    「いえ、肝硬変の場合は逆に肝臓は縮みます。しかし腫瘍のせいでレントゲンからは肝臓が見えません。」

    超音波では?

    「腫瘍だらけなので超音波でも確認はできないでしょう。」

    調べる方法はないんですかっ?

    「1つだけあります。血液中のアンモニア数値を見ることです。」

    私の次の言葉を容易に想像できた先生が、私が口を開く寸前に

    「しかしあえて先ほど調べなかったのには理由があります。」

    ん? 先生は紙切れ1枚取り出した。そこには血液検査の数値判断表で、犬・猫・フェレットの数値比較表だった。

    「犬や猫はアンモニア数値の平常値が低く、最大に余裕を見ても100が限度です。それを超えると異常と判断します。しかしフェレットの場合は400まで、と判断数値が非常に高いのです。」

    そして別の表を用意した先生。

    「これは私が以前フェレットの血液検査結果でアンモニア数値だけを分布図に示したものです。200までの間にかなり集中しており、健康なフェレットでもアンモニア数値は200まで上がることがわかります。さらにその上の400までの間(200~400)でもかなりの結果でその範囲内の数値が検出されており、健康なフェレットが400までアンモニア数値があがる可能性があることを示唆しています。こうしたことから当院ではフェレットに関してはアンモニア数値の上限を、犬猫の100には合わせずに400という数値で判断しています。」

    。。。それで先生、先ほどれぱんから採っていただいた血液はアンモニア検査には使えないのでしょうか。

    「使えます。」

    「調べてくださいっ今すぐにっっ。」

    私のオニのような気迫が先生に伝わってしまったかも知れない。。。先生ごめんなさい。

    ああとうとう肝硬変まで起こしてしまったか。
    肝硬変には治療法はないんですか。と尋ねると、

    「ありません。人間で言えば肝臓移植が必要なほどの病気ですから。」

    ううう。 副腎腫瘍、膵臓腫瘍、リンパ腫、さらには肝硬変かい。れぱん、キミが今死んでも私は老衰だと思うからね。病気で死んだとは思わないからね。だってどの病気が直接の原因かわからないんだもん(涙)

    結果は先生とおしゃべりしてたものの数分で出た。
    先生が用紙を持ってくる。私、もう諦め。

    数値を覗き込む。121。

    。。。。。はれ?先生、思いっきり正常値ですけど。

    「ということで、肝硬変ではなくて抗癌剤治療を止めたことで肝臓も腎臓も負担なく動いているということですね。」

    おいっ(嬉)

    気休めにしかならないけれど、リュープリンだけ打ってもらった。
    れぱん、キミが死ぬ原因になる病気は副腎腫瘍じゃないよ、リンパ腫だよ。っていう飼い主の複雑な気持ちの表れ。

    そして明るい気持ちでペットショップで予約していたれぱんの小さな小さな誕生日ケーキを受け取ってから帰宅する。
    1日+6時間後、れぱんは7歳の誕生日を迎える。

    2010年4月25日(日曜日)

    夕方から私の気持ちが今までにないほど落ちていた。夜になればなるほど落ちる。なんだろう、この症状は。ぽーっとなってしまい、何だか変な感覚が続く。
    夫に指摘されて気づいたのだが、れぱんの7歳の誕生日を明日に控えて、今までは「誕生日まで、どうにか誕生日まで」と張り詰めていた気持ちが、とうとうその日を明日に控えてプチンと切れてしまいつつあるのではないか。

    そうなると、次の「自宅の増築工事が完了するまで一緒にがんばろう」という長い長い目標を設定しつつあるのは良いことなのかも知れない。

    2010年4月26日(月曜日)

    昼に一時帰宅すると、れぱんがベッドからズレ落ちていた。ふと見ると、形のよいコロンとしたうんPがベッドの中にあった。思わず笑ってしまった。

    夜9時半。ケーキをれぱんの前に出す。小さな小さな可愛いハートのケーキ。クリスマスケーキに見向きもしてくれなかったので、たぶん今回もダメだろうなと思っていた。どうせ私たちが食べることになるのだから、人間用のケーキにすればよかったかななど思っていた。
    ケーキを目の前に置いた時点から、れぱんが明らかに鼻でにおいを嗅ぎ取って興味津々な様子がわかった。ケーキの箱についているテープを取る間がもどかしいらしく、「まだ?まだ?」という様子。ようやくテープを取ってフタを開けるといきなりがっついた。舌でペロペロするのではなく、口をがばっと開けてしっかりがっつり食べている。びっくりした。
    まだいるの?まだ食べるの?を続けているうちに、とうとうれぱんがケーキから顔をそむけた。もうお腹いっぱいなのかなと思いきや、そうではなく15cmほど離れた場所に置いてあったファラオ用の生肉のにおいに反応したようだった。体を懸命に生肉方面へと動かすれぱん。まさか。。。と思いつつ、生肉をちょびっと指に載せて与えてみると。。。がっついた。

    そして次から次へと肉を要求しては食べていくれぱん。
    途中でマーシャルフードを与えてみたのだが、食べたものの口の中でモソモソしてしまったらしく飲み込むのに非常に時間がかかっていた。
    生肉をこれだけ食べられる食欲があったとは。この食欲がれぱんを支えているのだろうな。

    昨日のネットニュースでこんなものを見つけた。

     国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)は、漢方薬の解熱剤などに使われるゴボウの種子「牛蒡子(ごぼうし)」に、抗がん剤が効きにくい膵臓(すいぞう)がんの増殖を抑える作用があることを、マウスの実験で突き止めた。患者を対象に臨床研究を行い、新しい治療法の実現化を目指す。
     がん細胞のうち、酸素や栄養分が少ない環境で生き残るタイプは、抗がん剤が効きにくく、がん再発の原因になる。江角浩安院長らは、酸素や栄養分が少ない環境で培養したがん細胞に、牛蒡子に含まれるアルクチゲニンを加えると、がん細胞が激減することを発見。膵臓がんのマウスは通常、生後55日ですべて死ぬが、牛蒡子を1回50~100マイクロ・グラムずつ週5回投与すると、生後100日を過ぎても半数が生き残った。
     江角院長は「膵臓がんの患者にも効果があるか、早く検証したい」と話している。
    (2010年4月25日 読売新聞)

    すい臓がんを患っているれぱん。そしてすい臓がんの細胞ではなくリンパ腫のがん細胞ではあるものの、抗癌剤が効かないがん細胞を持っているれぱん。これは試すべきだ。そう思い、今日早速漢方屋さんに電話をして、仕事を終えてれぱんを抱えて薬局に走った。漢方薬局に行く途中、何だかとても切なかった。
    あれが効くと言えば走り、これが効くと知ればこうしてまた走る。切ない。とても切ない気持ち。

    すい臓がんに効くという牛蒡子と、胃腸に良いといわれるセンブリを購入して帰宅。
    早速それらを入れてグツグツと煮込んだ。
    どす黒い色の薬湯が出来上がった。牛蒡子だけを煮込んだものをれぱんに与えたところ、飲み始めは「ひょっ」と嫌がったが、その後はゴクゴク普通に飲んだ。プリンペランの方が嫌がるような気がする。味に鈍感になっているのか、もう嫌がって抵抗する力がないのか。どちらにせよ、普通に戻すことなく飲んでくれた。

    2010年4月27日(火曜日)

    夜中に濃い色のゆるーい便をした。
    また、夜中3時15分、かしゅかしゅと気持ち悪そうに口を動かすれぱんに目が覚めた。やはりいきなり久しぶりの固形物(生肉)を食べたために胃がびっくりしているのだろう。プリンペランを与えたところ、20分ほどでかしゅかしゅもなくなり落ち着いて眠り始めた。

    朝6時半。牛蒡子とセンブリを与える。私も頑張って一緒に飲む。

    昼に一時帰宅。 ベッドの中に濃い色のうんPを発見。やや緩い感じだが、そんなに悪いうんPではなかった。
    免疫サポートの間隔が狭まったせいか、2回目の免疫サポートは鼻の器官に入ってしまった。

    帰宅するとれぱんのお尻はうんPでベットリだった。そのままベッドで漏らしてしまったらしい。お尻を洗ってやりながら、とうとう始まったかと覚悟した。これかられぱんはトイレが垂れ流しの状態になる。毎回お尻を洗ってやらなくちゃ。毛が抜けちゃうなぁ。。

    夜10時過ぎ、夫がれぱんに霊気を当てている最中に気づくとれぱんはうんPをしていた。また下半身を洗ってやる。

    2010年4月28日(水曜日)

    夜中に一度トイレ。れぱんはトイレに行きたい時に体を動かすのですぐにわかる。色の濃い下痢便だった。漢方があまり良くないのかも知れない。

    昼休み、私が食べていたサンドイッチに反応。1m以上 離れた場所で食べていたのに顔を出してくんくん。
    試しにゆで卵を手にとって与えたところ、食べ始めまた。口は開くもののうまく食べ物を租借することができないようで、ほんのひとかけらのゆで卵と格闘していた。言い換えれば、そんなゆで卵と格闘するくらい本人は食欲も気力もあるということかしら。
    泣きそうになった。

    帰宅するとれぱんが有り得ないところにいた。またベッドから抜け出てあらぬ方向へ行ってしまっていたようだ。体が少し冷たくなっている。低体温症だ。先生に電話をして、タクシーで高速を使って病院へ。体温は35度台。皮下補液と保温室に入って30分弱で体温は37,9度まで上がった。温かくして帰る。

    2010年4月29日(木曜日)

    明らかに弱ってきている。しかし食欲だけはあり、免疫サポートの匂いを嗅ぎつけると首を持ち上げて免疫サポートを探す。

    昼間にご飯を食べに外に出る間、小さめのダンボール箱の中にタオルをいれた中にれぱんを置いて出かけた。戻るとれぱんはタオルの上に座っていた。体が少し冷えていた。これは昨日、ペットショップで見つけたものを購入しておこう。店頭には茶色とオレンジの組み合わせの商品しかなかった。カタログにピンクと白の組み合わせの商品があり、そちらの方を注文していた。到着まで1週間以上はかかる見込み。でもこの調子では1週間も待っていられない。洗い換えとしても使えるし、店頭にあった茶色とオレンジの商品を購入しておこう。このままじゃ安心して出かけられない。

    午後3時過ぎ、友達と車で都内のペットショップに遊びに行った。しかし店内で急にれぱんが口を開けてぐったりしてしまった。暑かったのか、れぱんの苦手な獣類の匂いが強すぎたのか。
    友達より先に店を後にした。

    れぱんは体温調節が自力でうまくできなくなっているようだ。少し厚手のダウンで包むと暑すぎるようですぐにはぁはぁ始めてしまう。かと言って外に出すとすぐに足先から冷たくなってくる。

    夕方かられぱんは下痢をしている。

    夜、れぱんの布団を買いにいくついで(先生ごめんなさい)に皮下補液をやってもらう。
    体重450g。体温38,4度。

    夜一緒に寝ながら、れぱんのぺったんこのお腹と骨だらけの皮膚を触る毎日。ちょっと動くと起きてトイレに連れて行く。
    しかし苦じゃないし辛くもない。私の体も大丈夫。睡眠不足が一番苦手な私だったのに。不思議だな。

    1日気が重かった。れぱんが死んだらどうしようか。
    そんな覚悟は去年からできていたはずなのに、いざその時が近づくと覚悟なんて何にもできていなかったんだと思い知る。頭の中が真っ白というか、言葉でうまく表せないけれど何をしていいのか全くわからなくなる。ただただぼーっとしてしまうだろう。

    2010年4月30日(金曜日)

    午前2時55分、吐き気止めのプリンペランを与える。
    その前後で下痢便をした。

    朝、免疫サポートの後でまだ何かを欲しがっていたので生肉を与える。ものすごく喜んでがっついて食べる。

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