もうひとつのいたちなあたち~リンパ腫を体中に持ちながらもシアワセに生きたフェレットの記録~

もうひとつの
いたちなあたち(TOP)
この日記について
2009年8月
2009年9月
2009年10月
2009年11月
2009年12月
2010年1月
2010年2月
2010年3月
2010年4月
2010年5月
2010年6月
2010年7月
2010年8月
フェレットのリンパ腫

2010年6月

2010年6月1日(火曜日)

夜中にトイレ&吐き気。プリンペランを与える。薄い緑色の便は続いている。

夕方からようやく便の色が黒・茶色に戻った。首は相変わらず傾いている。

2010年6月2日(水曜日)

夜中は静かだった。トイレもなく、朝8時半におしっこをするまで静かだった。

2010年6月3日(木曜日)

夜中静かだった。朝、うんP。
生肉を食べる力が少し弱まったが、お鼻は相変わらずきれいなピンク色を保ってくれている。

れぱんは私の手が好きだ。小さい頃からそうだった。お出かけしているときに途中で暴れても手を入れると安心して眠った。ふと目覚めて私の手を探して顔を出すので、また手を入れてやるとまた落ち着いて眠りに就く。そんな繰り返しでお出かけ中のれぱんは、たまに起きては眠るのだ。今もそれは変わらない。今朝もそうだった。落ち着かない様子だったので顔に手をあててやると、ふっと息をついて静かに眠り始める。れぱんにとっては、自分がどこにいるのかではなく私と一緒にいるのかどうかを常に確認したいのだろう。れぱん、キミなしで私は大丈夫かな。キミがいなくなったら、今度は私の手がキミを探すことになるのかな。

お昼に一時帰宅。お肉をガツガツ食べた。お目目も今日はしっかり開いている。何だか嬉しくてビデオを回してしまった。首の傾きは相変わらずだけど。

夜帰宅した際にもかなりのお肉を食べた。朝昼夜でカップ半分ペロリと平らげた。

2010年6月5日(土曜日)

私の病院の初診。どうしても家にれぱんだけを置いていくことができなかったため、車で行って屋根付駐車場を探してようやく発見。風も涼しかったので意を決してれぱんに車内待機してもらう。
診察後、おトイレをするために車内を移動していたれぱんを発見。やっぱり座席の下にいるのが好きらしい。座席の下にれぱんを見つけた時にそのことを思い出した。そうだれぱんは車に乗ると、いつもこうして座席の下にいたっけ。れぱんが元気なころを思い出して楽しい気持ちになった。

夕方から下痢。

2010年6月6日(日曜日)

明け方3時過ぎまで断続的に下痢を起こしている。

病院へ。体重400g。PCVは前回輸血後に38%だったものが32%に減っていた。7日間で6%減少ということは、先週れぱんは自力でまったく血を造ることができなかったということになる。

なんとなーく今週は輸血をしたくないなぁと思っていた私。

ただ、ここまで血を造れていない状況であれば輸血も。。。と考えていたところ、先生から輸血をする場合としない場合のそれぞれのメリットデメリットを教えてもらった。

輸血をする場合

  • メリット:血が体内に増える。
  • デメリット:輸血できる血管をダメにしてしまう可能性がある。れぱんの場合、輸血に使える血管は右後ろ足しか残されていない。今日輸血をすることで、この最後の1本も使い切ってしまう可能性もある。

輸血しない場合:

  • メリット:次の輸血への血管確保ができる。
  • デメリット:次の輸血までに体調を崩して処置をしようとしたときに、血液が足りないがために血圧が低くなり、注射1本打てなくなる可能性がある。

どちらに転んでも。。どっちもどっち。

血管に関して

  • ・残り3本は完全にこの先も使えないのか。

  • → 前足はもう無理だろう。後ろ足1本(左)は、時間が経てば回復する可能性もある。回復の早さは個体によってまちまち。

  • ・覚えている範囲でいいのだが、れぱんの場合血管の回復速度は通常のフェレットと比べてどうなのか。

  • → 血管を使う頻度が他と比べ物にならないくらいに多いため、比較できない。

どうしようかな。。。と思いつつも気持ちは「輸血しない」ままの私。
ふとれぱんの気持ちを聞こうと、れぱんをくるんでいたタオルをちょっと取ってみると、れぱんの細い足がかわいくクロスして上にぴょこんと上がった。

「×(無理っ)」

と言っているような気がした。

「先生、今日はれぱんが輸血はしないって言っています。」
と、クロスしたれぱんの足を見せて私は言った。

血液検査の結果が出るまで、リュープリンをどうするか先生に聞かれた。
リュープリンは継続して打ってもらいたいと話した。

「打っても問題はないですが、打ったところで効果があるとは思えませんが。。」

と言う先生。
しかし継続して今まできたことを途中で止めると縁起が悪い気がしてならなかったので、リュープリン治療はずっと続けていきたいと私は当初から思っていた。

  • リュープリン注射
  • 肝臓薬
  • アナボリックステロイド(蛋白同化ホルモン)
  • ブドウ糖

そして今日はミサトールをもらった。

「どうして急にミサトールを与える気になったのですか。」

もっとな先生の質問。以前先生が「効果のほどはわかりませんが。。」と、ミサトールのパンフレットを見せて紹介してくれた時には私は全く見向きもしなかったからだ。

先週の火曜日にNHKでやっていた情報番組をふと見た。「梅の効能」として紹介されていたエキス。商品名も出ていなかったが、「犬が証明してくれた」としてシェパードの写真が出た。それを見た瞬間、ミサトールのパンフレットに載っていたあのシェパードだと思った。
梅のエキスは白血病のがん細胞を激減したと、その番組で紹介されていたのだ。

木曜日に病院に電話をして、ミサトールの在庫があることを確認して今日その商品を病院からわけてもらった。

効くかどうかはわからないが、試してみようと思う。

1日0.5ml。1回0.5ml与えてもよいし、0.25mlずつ2回にわけてもよいとのこと。早速夕方と夜に与えてみた。

夕方、少し固まったうんPをした。
1日下痢が続いていたので、もう一度病院へ行き脱水症状を起こしていないか確認してもらった。皮膚の調子を見る限りは脱水は見られないとのこと。もし脱水していたら皮下補液をしてもらおうと思ったが、そのまま何もせずに帰宅した。

夜から下痢になる。

2010年6月7日(月曜日)

たぶんミサトールの影響だろう。夜中中下痢。 断続的に黒っぽい便をしていた。

昼間に一時帰宅した際には、便は通常に戻っていた。

2010年6月8日(火曜日)

夜中0時半から吐き気が続く。吐き気止めを与えると落ち着いた。
夜中にしたうんPは量は少ないものの下痢ではなくちゃんと形があったので安心。

うんPの回数も増えた。
今まではお昼から午後6時近くまでトイレをしなかったのだが、昨日あたりから昼から夕方にかけてトイレをするようになった。

まだれぱんは私に反応する。私の顔を見つければ首を持ち上げてみたり、私の手を探して動いてみたり。
トイレもそのままするのはイヤなようで、ちゃんと体を動かしてお知らせしてくれる。免疫サポートも飲むし生肉も食べる。

こうした「反応」が徐々に消えていくのかな。

昨日、れぱんが自力で足を踏ん張ってトイレしている写真があった。日付は4月3日。
2ヶ月前、キミの後ろ足はまだキミの体を支えていたんだね。

2010年6月9日(水曜日)

うんPは引き続きちゃんとしている。

2010年6月10日(木曜日)

明け方に夢を見た。
れぱんが毛が薄いもののふっくらしていてお腹もぽっちゃりとなっている。しかしお腹部分が薄い黄色というか薄い黄土色っぽい。お腹が顔にもなっていて、小さな顔も薄く黄土色。なんだろうと思いながら獣医さんに預けて私は出かける。
向かった先は母校。生徒がたくさんいる中をフラフラと歩き、なんだかくだらない時間を過ごしていたところ、なぜかそこに獣医さんが現れて「れぱんちゃんが今亡くなりました。」と告げた。先生と一緒に病院へ向かうのだが、私はずっと
「なんで!なんで!いやだ!なんで!!!!」
を繰り返して先生にしがみつく。
私が体調不良に見えたれぱんを放り出して、こんな下らない時間を過ごしたのがいけなかった。そばにいてやれなかった。一人で逝かせてしまった。時間を取り戻したい。どうしたらいいのか。
頭の中がぐちゃぐちゃの状態で、ただただ「なんで!なんで!!」と叫んでいた。あまりに私が叫んだせいか、目が覚めた。

夢だとわかった。

横で眠るれぱんをいつものように胸の上に置く。「あー。」れぱんが声を上げた。れぱんはまだ生きてくれている。骨だらけになって、脂肪もまったくないような体で毛もなくて。そんな状態でもまだれぱんは温かく息をしてくれている。ありがたかった。

お昼休みに一時帰宅。
昨日のお昼に布団の上におしっことうんPをされてしまい、すぐに洗ったのだが。。。今日もまた同じところにされてしまった。布団の上にベッドを置いているので、そこからズルズルと体を移動させてトイレすると丁度布団の上になってしまう。れぱんが悪いんじゃない。れぱんはただ、トイレのために移動しただけ。そこが丁度私の布団の上なだけ。わかっていながら、「どうしてまたやるのっ。昨日洗ったばかりなのにっ」と声を出してしまった。

ティーに怒ったときのことを思い出した。トイレを我慢できない老犬のティーが、毎日おもらしをしてしまっていた。私はティーに甘えていたから優しくできなかった。今でも思い出すと悲しくなる。ティーに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

だかられぱんには怒らない。「仕方ないね」そう言って布団を洗う。布団は洗えばいい。でもれぱんやティーに怒ってしまった事実は洗っても拭えない。
れぱんが生きている証拠なのだから、トイレだって何だって受け入れなくちゃ。

夜。今日はうんPの回数がいつもより多い。状態もネトドロという感じ。形はあるけれどちょっと緩い感じがする。ミサトールの影響か、便の色が濃い。

生肉をうんとこさ食べた。最後にカップに残った肉は10分の1程度。残りは全て平らげた。
れぱんの体が重くなった気がする。首の傾斜も少し治ってきたかも知れない。毎日何回も体を持ち上げていると、ちょっとした体重の変化に気づく。20-50gくらい増えているのではないかと期待するが、前回のようにガスが溜まっていないことを願う。

2010年6月11日(金曜日)

夜中に吐き気がひどかったためプリンペランを飲ませる。時計を見ると2時22分だった。プリンペランを非常に嫌がるため、与えるのも必死。口から泡と一緒に全部吐き出してしまいそうだ。
その後は落ち着いて眠った。

夜中にトイレの補助。眠気で自分の頭がフラフラする。どこにもぶつけられない怒りが出てきた。実際にペットの介護をした人にしかわからない気持ち。
私はれぱんの介護を割りと楽しんでやってきている。れぱんと一緒にいられること。れぱんの体が温かいこと。どんなに骨だらけでも、れぱんを抱っこすることができること。これら全てが嬉しくて、とにかく一緒にいられることがシアワセだ。
それでもやはりこういう気持ちが襲ってくるものなんだね。ごめんねれぱん。

朝6時半。免疫サポートを与えるときに見たのだが、れぱんの体を持ち上げたときに顔の向きがまっすぐに近かった。肉を食べたくて首を起こすときにはやはり左側に大きく曲がるが、段々傾斜がなくなってきた気がする。また、肉を食べている時に前足で体を大きく持ち上げて後ろ足も普通に伏せの状態になっていた。今まで後ろ足に全く力が入っていなかったためにダランと両足を横に出していたのに、ちゃんと後ろ足がお腹の下にあった。

顔の毛がまだ残っているので嬉しい。首の毛は全て失われた。頭の毛も徐々にだいぶ薄くなってしまった。体や頭の毛はなくなってもいいけれど、顔の毛だけは残っていて欲しいと思う。

2010年6月12日(土曜日)

午後3時半に病院へ。体重450g。やはり増えていた。
PCV28%。前回の32%から4%減っていた。肝臓の数値が500を超えていた。血糖値は82。1時間前に免疫サポートを与えたあとなので低いと言える。
ファラオの肺炎経過を診てもらっている間に考えに考えた。結果、輸血をお願いする。今日れぱんに血を分けてくれるのは「はっちゃん」のようだ。

夜7時。はっちゃんは思ったほどPCVが高くなかったため、ジローさんが血をわけてくれたと聞く。今日の輸血量は13cc。PCVは39%となった。

輸血の針を刺したあとの左後ろ足の血管がぷっくりと腫れていた。これからはここを中心に霊気を当てる。

今まで直感を信じて治療をしてもらってきた。しかし今回は初めてかなり迷い、さらには輸血が正しかったのかどうか、悪い方向に行くかもしれないという不安がつきまとった。

2010年6月13日(日曜日)

夜から下痢。そして夜中に4回ゲリ便をした。
今日は日帰りでどうしても京都に行かなくてはいけない。新幹線の移動+現地雨のため、れぱんの食欲はあまりなかった。

昨日の夜、眠れない中で調べたエリスロポエチン。貧血を伴う癌患者に貧血防止として使用したところ逆効果を招いたとアメリカで報告されていた。これが2007年2月の論文。しかしその後、この逆効果として出た症状は、本来貧血を伴う癌患者には見られる症状のためエリスロポエチンが引き起こしたものとは断定し難いという論文も発表されていた。結局のところ、エリスロポエチンが貧血を伴う癌患者にとって良いものなのかどうか、不明なままで調べ物が終わってしまった。

朝11時半、京都についてから先生に電話でエリスロポエチンについて相談をする。メリットとデメリットを先生は電話口で教えてくれた。
京都から戻ってから病院へ直行して直接先生に会って相談をした。電話と診察での両方での先生からの情報は以下の通り。

主に腎臓でこのエリスロポエチンというホルモンを出す指令が脳に行く。
脳は指令に従ってエリスロポエチンを分泌し、それが骨髄に働きかけて血液を造る。

エリスロポエチンは通常腎臓に疾患のある猫などの動物に、エリスロポエチン分泌を促すために投与すると効果をもたらすものである。そもそもエリスロポエチンが分泌されているものの骨髄に問題がある場合は効果は望めない。むしろ耐性を持つ薬のため、本来体内で分泌されていたエリスロポエチンまで分泌が抑制されてしまい共倒れになってしまう可能性がある。
れぱんが、「エリスロポエチンの分泌量が少ないために貧血を起こしている」のかそれとも「エリスロポエチンの分泌はきちんと行われているものの血液を造る骨髄そのものに問題があるために貧血を起こしている」のかがわからない。体内でのエリスロポエチンの分泌量を測定できる機関があるかどうかが不明だし、あったとしても犬猫が対象であって果たしてフェレットに対してきちんとした数字を出してくれるところがあるかどうかも不明。

また、通常投与を開始してから効果が望めるまで1ヶ月かかる。
さらにはれぱんの場合は、エリスロポエチンが効いているのかどうなのかの判定が非常に難しく、耐性ができる前に判定して投与を中止することができない。

また迷った。本当は賭けを自分の中でしていた。昨日輸血した血管が、今日診てもらって太いままであればエリスロポエチンを投与してもらおうと決めていたのだ。しかし先生いわく、輸血した翌日なので血管にさほどの変化は見られない。傷口が治っていく過程で血管が細くなったり蛇行したりする可能性があり、その経過如何で今後その血管が使えるのか使えなくなってしまったのかを判断する。
ということで、今日は確かにれぱんの足の血管はまだ次の輸血に対応できるほどの太さではあるが、傷が治りかけていく過程でどうなるかわからないということだった。

またまた悩んだ。昨日から自分の直感がうまく働かない。

れぱんはまだ食べている。食べるということは生きるということ。れぱんはまだ生きたいと思っているに違いない。飼い主として最良の方法は何なのか。

結果、エリスロポエチンの投与を開始することに決めた。皮下注射になるのだが、今度はそのサイクルを決めなくてはいけない。

毎日投与→週3回投与→週1回投与

など、最初は頻度を多く、段々投与量を減らしていくのが通常パターンだそうだ。例えば

週3回→週1回

というパターンもある。
耐性と効果とのシーソーゲームになるが、最初に投与を多くすることで薬の反応を促し効果を早く見て、耐性ができる前に何とか判断することにした。

今日(日曜日)・火曜日・土曜日の投与。次の週はまた土曜日の血液検査の結果で考える。

しかしその「判断」も難しい。れぱんの今の状態はPCVが日々どんどんなくなっている。このスピードと比較して「早い・遅い」を判断しなくてはならない。この判断が果たして正しくできるのか。

エリスロポエチンを投与したからなのか、それとも雨が降り始めたからなのか、京都往復が疲れたのか。
れぱんは食欲もあまりなく少々ぐったりし始めた。

2010年6月14日(月曜日)

夜中に2回トイレ。吐き気も出たので吐き気止めを与える。
段々便は正常になってきた。
朝、生肉は食べない。
昼、生肉に最初はあまり食いついてくれなかったが根気よく口元に肉を持っていったところ半カップ食べた。しかし免疫サポートの飲み具合はあまりよくない。雨がずっと降っているのと、昨日あまり寝ていない疲れた溜まっているのだろう。今日は食事よりも休息をとらせることにした。
エリスロポエチンが悪い方に行かないかどうか、不安でいっぱいだ。

昼から夕方にかけてはひたすら寝かせて休ませた。
夜、肉を多めにやる。最初の食いつきは悪いが一度口に肉を入れると次々に食べたがる。
体が赤い。前足の力が出てきたような気がする。
口周りが少し毛が薄くなった。免疫サポートの飲み込みが悪い。

2010年6月15日(火曜日)

ゲリは治まったらしく、夜中のトイレも1回で済んだ。便も調子が良い。
しかし昨日に引き続き免疫サポートの飲み込みが悪い。

背中に赤いぽつぽつが増えてきた。毛がないので、ちょっとどこかに接触するとすぐに内出血を起こしてしまうようだ。痛いだろうに。洋服を着せようかと思う。

さすがPCV39%と思えることがやはりある。体が赤く手足もあまり冷えない。目も大きく開くことが多くなった。

病院へエリスロポエチンの注射に向かう。体重450g。使える血管が残り少ないので、なるべく今後は針を入れない方向で行こうと思う。毎週検査しているPCVだが、2週間ほど間を空けようかと考えている。どちらにせよエリスロポエチンの効果が見られるのは1ヶ月かかるのだから、体調に変化が見られない限りは1ヶ月検査をしなくても良いか。。。と。本当は数値の変化を見たいところだが、血管をいたわらないといざというときに使えなくなってしまう。

2010年6月16日(水曜日)

夜中にゲリが始まり、4回トイレとなる。トイレと同時に吐き気が出るようで、トイレが終わるとカシュカシュも終わり落ち着いて眠りだす。

夜、ゲリが治まった様子。
肉をがっつり食べる。

横に倒れた状態で眠るれぱん。ちょこんと揃った細い細い両足を見て涙が出た。
しかし、よく見ていると ぷすぷす 音がしている。見ると肛門の部分が若干閉じたり開いたりするのが見えた。匂いを嗅ぐとおならだということが判明。生肉を食べているのでガスが溜まりやすくなっているのだろうか。

夜中に霊気を当てながら眠るのだが、お腹に手を当てたところグルグルとずっと音の振動が手に伝わっていた。

2010年6月17日(木曜日)

夜中からずっとゲリ。朝までの間に5回トイレをする。

昼に一時帰宅。おもらししていた。まだ便は緩かった。朝9時から12時までの間に1回だけの便になったので、下痢が段々治まっていると言える。足とシッポは冷たく、手は暖かかった。
しばらくして便意をもよおしたようで、やや緩い便をした。夜中にしたような完全なゲリ便ではなかった。
生肉をペロリと食べた。前足の力はまだあるらしく、にくにくにくー。と、肉を要求する。しかし首は傾斜したままなので、顔が斜め上向きになったままグラグラと頭を動かしている状態。

ミサトールは続けているが効果が疑問。そもそも人間の肝機能障害に多大な効果が確認できたというが、れぱんの場合はミサトールを与えて1週間後の血液検査で数値が異常に高くなってしまった。標準範囲まであと少し、という状態にまで下がっていた肝臓の数値が一気に500を超えてしまったのだ。腫瘍の大きさも変化が見られない。ただ嫌がって無理矢理飲ませるだけの薬なら止めた方がいいのかも知れない。

青森県のエリア情報誌でもその効果が疑問視されていた。
わからない。何が良くて何が良くないのか。情報や物品だけが溢れているこの時代。いくら消費者が賢くなろうったって限度がある。

どくだみ茶+免疫サポート+霊気

この効果はれぱんが証明してくれているけれど、それもれぱんの元来の生命力の強さが大きく影響しているだろうし確固たる証拠が出せない。生き物なんてそんなものだ。

会社が終了後、タクシーと自家用車を乗り継いで病院へ。閉院20分前にようやく到着した。
体重が500gに増えていた。肉を食べているからだろうか。血液が増えているから。。。だといいのだが、たぶんそんなにうまい話はないので単に食事量が増えたからであろう。
体温が高い気がして気になっていた。測ってもらうと39.5度。平熱とのこと。フェレットの平熱は38度~40度。今までれぱんは38度台だったため、血液が末端神経まで行き渡ることにより体温が上がったと考えられる。

エリスロポエチンを打ってもらって終了。土曜日に今週最後のエリスロポエチンを打つ。その際にPCVを診ましょうかという先生に、血管を出来る限り保存したいと訴えた。先生はれぱんの左後ろ足を見て、採血には何回も耐えうるだけの血管が左後ろ足にはあると教えてくれた。右後ろ足も見てもらう。輸血用の足だ。前回の輸血でのダメージは見られず。血管は太いまま残ってくれていた。よかった。

かなり元気が出てきたようで、目も大きく可愛く開くようになった。前足を使って動きが多くなったような気がする。このまま後ろ足も立つようにならないかな。。。なんて希望を持ってしまう。

2010年6月18日(金曜日)

夜中からまたゲリが始まった。吐き気も見られたので吐き気止めを飲ませる。トイレと吐き気がいつも一緒に来て、トイレを済ませると吐き気も治まる感じ。

朝、下痢止めを飲ませた。さすがにこれだけゲリが続くのは体にも良くないから。ただ、この下痢止めが効いてくれるかどうかが問題だ。腫瘍が腸に影響を与えている場合はこの下痢止めは効かない。効いてくれるかどうか。今日の夜にわかるだろう。

夜、ゲリが止まり始めた。

2010年6月19日(土曜日)

病院へ。体重500g。
お腹にガスが溜まっているのではないかと心配だったので触診してもらう。ガスが体重を増やすようなことはないというが、前回危篤状態になった時にお腹が膨れて大樹も565gまで増えていた。翌朝状態が安定した際、お腹が細くなって依頼体重も少なくなっていた。その過去の事例から、体重が増え始めるとガスを疑ってしまう。

触診ではガスが溜まっているようなことはないとのこと。

血液検査。PCVを診てもらった。水曜日・木曜日あたりまでは皮膚が赤く肉球もピンク色だったのが、今日になってどこも白っぽい。血液が失われているのだと感じ、PCVは32%を予想していた。
しかし。。。助手の人が奥から「39です」と言うのを聞いて、思わず「えっ」と声を上げてしまった。先生が確かめに行く。戻ってきた。

「39%で変わらずですね。」

ということは、生きるだけの血を造っているということ。通常1ヶ月で効果が確認できるエリスロポエチンが1週間で効果を発揮し始めたということ。さらに、

「借り物の血液(輸血した血液)は自分の血液よりも早く失われます。」

と先生が言った。数字上では1日1%ずつ失われては補充されていく血液。しかし輸血で得た血液はもっと多くの量の血液が失われていく。それでも先週と同様のPCVを保持しているということは、1日に自分が必要な血液以上の血液を作り上げていることが考えられるのだ。

れぱんが抱えていた問題は血液を作り出す骨髄にあったのではなく、エリスロポエチンを出す指令を下す腎臓にあったのかも知れない。PCVを診てもらうときに腎臓の数値もお願いしたのだが、血液量が足りずにダメだった。残念。

腎臓がうまく機能していないとなると問題解決は不可能だ。栄養素を取り込んでダメージを受けている腎臓をサポートしていくしかないが、これ以上バランスの取れた栄養素を与えるのはこれまた不可能。今が限界かと思っている。

血液が増えたせいだろうか。落ち着いていた腫瘍が急激に大きくなってきているのがわかる。特に首にある3箇所x2個の腫瘍だが、そのうち2箇所x2個の大きさが見るからに変わってきている。このままでは食道を圧迫して物を飲み込めなくなってしまう。ここを中心に霊気を当てていかなくては。とは言っても、首には今までも常に意識して霊気を当てていたので、「今以上」に自信がない。

このまま食道を腫瘍が圧迫して食べ物を食べられなくなっていったらどうなるんだろう。その先、を色々考えて怖くなってしまう。

2010年6月20日(日曜日)

朝から下痢止めを与える。便は硬くなってきた。

夜一緒に眠るとき、れぱんはおしゃべりだった。ちょっと体を動かすだけで「あー」「はー」「むにゃむにゃ」と声を出していた。ちょっと高めの可愛い声。耳にずっと残るといいな。

2010年6月21日(月曜日)

夜中の便は良かったが、朝の便はゆるかった。下痢止めを与える。

昼間に高さ1mほどからコンクリートの地面へれぱんが落ちてしまった。ぼてっという音がしたので後ろを振り向くと地面に茫然自失のれぱんが。慌てて拾い上げるが、れぱん自身も何が起きているのかわからない様子だ。
どこか痛めていないか、内臓に損傷がないか、頭を打っていないか。確かめようがない。とにかく抱きしめる。
れぱんに力が出てきて動く範囲が増えたせいもあった。それを想定していればこんなことにはならなかったのに。大丈夫か大丈夫か。

どうもその後食欲がないというか、免疫サポートを嫌がるような気がする。内臓に損傷がおきてしまったせいだろうか。

1時間後に確認すると、頭の左後ろと背骨に近いお腹部分の左側、それと右足の左側に赤い傷が見て取れた。

仕事が終わってからタクシーと自家用車を乗り継いで病院へ。

どうりで重いと思った。体重が550gに増えていた。昼間に赤くなっていた部分は、頭の後ろを残してほとんど消えていた。
高所から落下した場合、大丈夫なように見えても36時間は安心できないと女医さんが言った。36時間。。。

腫瘍が足も首周りも目に見えて大きくなっていることを伝えた。元気が出てきた証拠で、体力が戻って体が元気になると腫瘍も元気になる。血液がどんどん作られていくということはがん細胞も活発に作られていくということ。かと言って腫瘍の進行を抑えるために体力を落として健康ではなくしてしまうのは本末転倒。

リンパ腫の最期というのはどういうものなのかを女医さんに尋ねた。
腫瘍そのものが痛むとういことはない。腫瘍が内臓を圧迫して機能不全をおこし、内蔵機能が働かなくなることによって死亡するケースが多いようだ。
ということは、グッタリして意識もなくなり、そのまま。ということだろう。
痛くなければ。苦しくなければ良いと思う。

腫瘍が内臓を圧迫するのは相当な大きさになってからだと女医さんは言った。このくらいならまだ。。。と、れぱんのコロコロした腫瘍を見て言うのだが、先生れぱんのこの喉の真ん中部分の腫瘍が。。と伝えると「ああこれも大きくなってしまっているのかぁ! これは食道を圧迫しかねませんね。」とのこと。やっぱりそうか。
食道が圧迫されて食べ物が飲み込めなかったら本当にかわいそうだ。これだけ食べ物が好きなのに。

エリスロポエチンがここまで効果を発揮してくれている中、ここで投与を止めてしまうのは非常にもったいないとアドバイスされた。今投与を止めてしまい、また血液が造られなくなったときに再投与したからといってまた同じ効果が出るかというとその保証はない。もう少し。自分でこの39%という輸血直後のPCVを超えるだけの濃度の血液を作り出したことを確認してから止めた方が良いと。

話し合いの結果、エリスロポエチンを今日も投与してもらった。

あとは元気になってから抗癌剤の投与を開始するという方法もあることを女医さんは気づかせてくれた。
ただ、今までの抗癌剤は腫瘍の大きさを縮めるという目的では全て空振りに終わっている。大きさを縮めたいということが第一の希望である以上、れぱんの体力が戻っても抗癌剤投与はないかも知れない。

れぱんは今日は肉をほとんど食べてくれなかった。

夜、免疫サポートを新しいものに変えたところようやく飲んでくれた。しかし音を立てて飲む。冷たいものを与えたときと同じコキュコキュした音を立てて飲むのだが、腫瘍が食道や内臓を圧迫し始めているせいなのだろうか。

2010年6月22日(火曜日)

ゲリが止まったらしい。もう下痢止めも与えずに様子を見てみよう。

昼に一時帰宅。うんPは形があった。ちょっとつぶつぶも見られたが状態は良いうんPだった。免疫サポートを最初の3本は普通に飲む。肉は少し口にしただけ。肉がダメならもっと免疫サポートを与えようとしたが非常に嫌がる。

蛋白同化ホルモンが食欲増進になると土曜日に先生が言っていたのを思い出し、その目的で蛋白同化ホルモンを与えてみようと用意したところ、れぱんが首をぐるぐる動かし始めた。再度肉にチャレンジすると、今度はハグハグ食べてくれた。カップ半分ペロリ。ただここのところ肉を1日3カップ平らげていたのでそれに比べると少なくなった。

それにしても自分で血を作り始めるとここまで腫瘍は大きくなるのかと驚くくらい、たった1週間で腫瘍が肥大化してしまった。

れぱんがどんな死に方をするのか、怖くてたまらない。せめて痛くないように。苦しくないように。何も感じず眠るように逝ってくれればいいと思う。そしてその段階にいくまで(意識がなくなるまで)も、苦しむことなく意識を失ってほしいと願う。

昼と夜に肉を食べ始めた。夜には最初は嫌がるものの一度食べてしまえばハグハグ食べる。2カップ弱平らげた。

足の腫瘍も大きくなった。頭も段々薄くなってきた。

夜寝る前に緩い便をし始めたので12時前だったが下痢止めを与えて眠った。

2010年6月23日(水曜日)

夜中の2時45分にチャイムの音で目覚める。モニターを見ると知らない女性が立っていた。間違いだろうが偉い迷惑だ。
何だか今日は明け方のチャイム事件に始まり、悲しい気持ちになることが続く日だった。

さて、タクシーと自家用車を乗り継いで病院へ。体重550g。エリスロポエチンを打ってもらう。

腫瘍が大きくなっていることについて、先生もやはり血液が作られて腫瘍に栄養がどんどん流れていると指摘。腫瘍で死ぬか、貧血で死ぬか、の選択になってくるようだ。
どちらが苦しくないのだろうと考えたとき、私は貧血ではないかと推測した。貧血なら、動けば苦しいけれど横になっているだけであればそのままただ眠くなって眠りながら死ぬのではないかと思ったからだ。腫瘍が肥大化して内臓を圧迫すれば、腫瘍自体に痛みはないとしても内蔵が圧迫されることによって不快感や痛み、気持ち悪さを感じることになるだろう。それよりは貧血で死なせたいと思う。

しかしここでエリスロポエチンを止めることは考えられなかった。とりあえず週末まであと2回、続けよう。あと2回続けてPCVの数値が前回よりも上回っていたら中断しよう。

免疫サポートを嫌がるようになったことを先生に伝え、お腹の中の腫瘍が影響しているのかもしれないことを言うと先生は

「そうですねぇ。。。あとは嫌がるくらいの元気が出てきたということかも知れません。」

そうか。いい方に考えよう。

夜、お肉を沢山食べてくれた。

すぅすぅ眠る姿に顔を近づけ、れぱんの体温を感じる。可愛い。

夜、いつものようにれぱんを胸の上に置いて霊気を当てながら眠ろうとするのだがれぱんが嫌がって下に移動したがった。先生が言うとおり、嫌がる元気が出てきたようだ。れぱんがまだ自力で歩けた頃は私の胸の上に置こうとしても嫌がってすぐに下に下りてしまっていた。あの頃の元気が出てきたのかもしれない。

2010年6月24日(木曜日)

朝に珍しくお肉を欲しがってよく食べた。免疫サポートは3本目をかなり嫌がる。

昼休みに一時帰宅。免疫サポートは非常に嫌がったため1本半がやっとだった。その代わり肉のにおいに反応して、えっちらおっちら首をふらふら揺らしながら寄ってきたため半カップ与えた。随分体も重くなったし前足と腰の力だけで色々動くようになった。

肉を沢山食べてくれるなら免疫サポートを減らしても大丈夫だ。明日の夜はカリカリを試しに与えてみよう。でもなぁ。。。生肉もささみの塊が口に入ると ぺっ しちゃうから固いフードは無理かも知れない。

夜。やはりシリンジで与える免疫サポートは嫌がる。大きな目を開くようになった。昔の可愛いれぱんのままの目。誕生日の頃はその目が窪んでいた。それがどんどん大きく開くようになった。
免疫サポートを嫌がるので生肉に挑戦。3分の2カップをぺろり。

2010年6月25日(金曜日)

病院へ。今週は月水金と病院。タクシーと自家用車を乗り継ぐので結構大変。
腫瘍の重量について先生に聞いたところ、「重いですよー。ある程度の大きさになると結構重いです。」とのこと。
れぱんの体重が増えているのはやっぱり腫瘍が肥大化しているからなんだろうな。

2010年6月26日(土曜日)

病院へ。体重600g。本来は明日が通院日なのだが、事情により今日行った。
PCVは40%に上昇していた。来週から間隔をあけてエリスロポエチンを投与する。ただ、今まで1日おきに投与していたものを急に1週間あけてしまうよりは、もう少し間隔を詰めましょうということで次回を火曜日。その次を土曜日とした。

2010年6月27日(火曜日)

予約診療でエリスロポエチンを打ってもらう。
PCVが40%になったことで、本人はかなり体が楽になっただろうとのこと。ただし腫瘍はどんどん大きくなるばかり。
腫瘍で死なせるか、貧血で死なせるか。どちらか選べるのなら、私は貧血でれぱんを死なせたいと思う。そのほうが少しでも楽なのではないかと。。

「あぁ。。。かなり大きくなっていますね。。。」

れぱんを触って女医さんは言う。「抗癌剤も。。。」と、予期していなかったことを口にされた。私の中で抗癌剤の投与という選択肢が全くなかったからだ。
そうか。元気になって貧血が治ってきたら、腫瘍対策として抗癌剤も考えられるのか。。。
しかし考え付く種類の抗癌剤は全て試してことごとく腫瘍の縮小は得られなかったことを伝えると、女医さんは「あとはドクソラビシンしかないですね。」と言った。しかしやはり女医さんもドクソラビシンはオススメできないという。

<2010年6月28日(水曜日)>

昼休みに一時帰宅すると、れぱんはリトルジャーニーしていた。いるはずの布団の上はカラッポで、ふと足元をみると私の上着を移動させてさらに形を丸めて、その中にうずもれていた。布団の真横にトイレしていた。きっと布団の上でトイレしようとして動いた結果、布団からストンと床に滑ってその弾みでトイレしてしまい、さらに道に迷ってうねうね体を動かしていたところ、床に脱ぎ捨ててあった私の上着を発見し、それにくるまってごそごそ寝床を作っている間に床を50cmほど移動。ようやく落ち着いて丸くなって眠った。という経緯が容易に推測できておかしかった。

昼間に生肉をほとんど1カップ食べ、夜に半カップ平らげた。

お腹の腫瘍が大きくなってきているらしく、お腹が張ってきた。

Copyright (C) フェレットのリンパ腫・いたちなあたち
All Rights Reserved.