2010年10月5日
おはようれぱん。
夢の中でれぱんが毛がようやくふんだんにある状態で現れてくれた。回る黒金レース服で下のほうを覗き込んだ状態のれぱん。キミは絵の中にいた。たぶん、キミの写真を整理していたときに黄色い黒金レース服で下を向いたそのものの写真を眺めていたからだろうな。そのままの状態で夢に出てきたね。
手を伸ばしたらなぜかピンク色の服に着替えてた。何故か私はそぉーっと君の首筋に手を伸ばした。なんでそんなに そぉー っとしなくちゃならなかったのかわからない。触れたらキミが消えちゃうと思ったのかな。キミのアゴのした。左側だったような気がするけど右側だったかも知れない。触ったら毛があった。久しぶりにキミに触れることができた。でもキミは額縁の中で、ずっと下を向いたまま動かなかった。
そういえば思い出したことがあるんだ。
死んだペットは飼い主の心の一部を持って行くという。だからぽっかり心に穴があいたように感じるという。
でもね、れぱん。私はまだ一度もそんな気持ちになっていないんだよ。心は今もぎゅーーっとぎっしり何かが詰まったような感覚なのよ。
きっとれぱんは私の心に入り込んじゃっているんだね。だからいつも一緒なんだよね。
アニマルコミュニケーたーという言葉を初めて知った。もっと早く知っていれば、セミナーを受けていたのにな。
これからでも遅くない?キミの魂とずっと会話していられるなら、セミナーを受けて見る価値はあるかも知れないね。
2010年10月6日
おはようれぱん。
急性胃炎で病院に運ばれちゃった。吐き気と戦いながら、れぱんが毎晩こんな気持ち悪い思いをしていたのかと思ったら、かわいそうでかわいそうで「れぱんれぱん」と声に出して病院のベッドの上で泣いた。
昼間、日差しが強くて久しぶりに「暑い」と感じたとき。とても嬉しかった。キミと一緒に過ごした夏をまた体感できた気がした。涼しくなるにつれて寂しくて仕方がなかったけれど、今日は少し気持ちが夏に戻ったよ。キミと一緒に過ごした夏。早く来年の夏にならないかな。暑くならないかな。
2010年10月10日(日曜日)
おはようれぱん。
れぱんの声が聞けるというアニマルコミュニケーターに会ったよ。本当かどうかわからなかったけれど、それでも彼女がれぱんの言葉を教えてくれた。最初の言葉から、私は喫茶店の中でタオルを手放せなくなってしまった。もう少しで声を出して泣くところだった。人の目を気にする余裕なんかなくて、ただただコミュニケーターの言葉を聞いては泣き続けた。
彼女と別れてからも、電車内でも駅のホームでもずっとずっと泣いていた。
れぱん、キミの言うとおり私はまだダメだ。2ヵ月後にキミの体が供養から返ってきてもきっとまだダメなんだろうな。
2010年10月11日(月曜日)
おはようれぱん。
。
夜にね、キミを思い出して布団の中で涙をボトボト流した。ぽとぽとなんて可愛いもんじゃない。ボトボト。
やっぱり私はまだつぶやけない。サイトで「飼い主のつぶやき」を再開したけれど、私はまだやっぱりダメだ。キミがいないとつぶやけない。れぱんがそばにいないと私は私じゃないから、楽しい話なんてできない。「飼い主のつぶやき」はまた休むことにするね。
2010年10月12日(火曜日)
おはようれぱん。
。
れぱん、私はアニマルコニュニケーターの道を進もうと思う。キミの声が聞きたい。れぱんと話がしたい。れぱんと話ができるなら、私のこれからの一生はずっとずっとキミと一緒にいられる思いで過ごせるから。
ファラオじゃないんだ。フジコじゃないんだ。れぱん、キミなんだよ。キミだけの声が聞きたいんだ。ティーごめんね。ロコごめんね。マシュもごめんね。私が今聞きたいのはれぱんの声だけなんだよ。
2010年10月7日(日曜日)
おはようれぱん。
初めてアニマルコミュニケーションを試してみた。これから訓練していこう。
最初ね、リラクゼーションをしていたら眠っちゃった(恥)
れぱんが話しに来てくれていたかも知れないのに私寝ちゃった。。
一生懸命れぱんの意識を探したんだ。よくわからなかったけれど、全ては思い込みだと思うから。私がれぱんと会話ができると思い込めば叶うだろう。それが叶えば私はシアワセ。
ふと、れぱんと一緒にお花畑に立っていた。私は白いワンピースに白い帽子をかぶっていた。突然、れぱんが私の胸のところにぎゅーっと詰まっているような姿が見えた。お花畑では私は自分を客観視していたのに、突然私は自分の胸のところを見たられぱんが詰まっていたんだよ。
れぱん、キミが私の胸の中にいるんだってわかったら号泣だった。
アニマルコミュニケーション。嘘でもいい。単なる思い込みでもいい。私はれぱんと会話がしたい。キミの声が聞きたい。だから私は続けようと思う。キミと会話ができるまで、訓練していくんだ。
この気持ちが今の私を支えているんだね。
れぱん、キミの声が聞けるようになったら私は歩き出せる。キミと一緒に残りの人生を歩き出せる。
2010年10月23日(土曜日)
おはようれぱん。
れぱんの最後の方に、1週間おきに2~3枚ずつ撮った写真が合計で20枚くらい入っていたピクチャーカード。それらの写真をどうにも見ることもCDに焼く気持ちにもなれずに、同じカードで他の写真もどんどん撮っていた。
メモリーが満タンになり、ようやくハードディスクに収めようという気持ちになったんだけど。
PCに読み込もうとしてエラーが出てしまった。カメラ本体に挿入してもすぐに赤字でカードエラーと表示が出てしまう。
なんでなんで。れぱんの喉元の腫瘍を撮った写真も入っているのに。
思えばこのカードは2006年からずっと使い続けている。今カードに入っている写真は今年の5月から撮り始めたものが入っていて、れぱんの元気な姿は1枚もない。痩せこけて毛が抜けて皮膚しか見えないような体の写真しか入っていない。
れぱん、キミはこの写真たちも封印したかったんだね。
去年の8月と9月。抗癌剤を始めてから2ヶ月の私の日記がPCから消えてしまったのは、きっとキミがその時のことをもう私に思い出して欲しくないから隠してしまったんだと思っている。
今回のカードエラーも、きっとキミがもうこの頃のキミの姿を忘れたいんだね。だからカードを使えなくしてしまったんだね。
PC復元ソフトウェアを使えばキミの闘病記は出てくるだろう。
ピクチャーカードだって、データは損なわれていないみただから、きっと簡単に復元するだろう。
でもしないでおくね。
闘病記も写真もキミ次第。
キミが私に返そうと思ったときには自然と見られるようになるだろうから。
でも別にいいかなと思っている。
日記も写真も、特別みたい気持ちはしないから。れぱん、キミが隠しちゃったんだったらもうキミのものだよ。
2010年10月24日(日曜日)
おはようれぱん。
お母さんがどこかに行きたい。横浜がいいな。
なんて言ったんだ。
でも横浜はキミとの思い出で溢れていて、きっと切なくなることがわかっていたから止めた。
近くのショッピングモールに行ったよ。
れぱん、私はキミに付き合ってくれて色々なところに一緒に行ったよね。
そこかしこにキミの思い出が焼きついているような気がする。
キミも自由になった今、前に一緒に行ったところを訪れたりするのかな。
キミとコミュニケーションが取れるようになったら、また一緒に横浜に行こうね。
今週末の日曜日、アニマルコミュニケーションの個人レッスンを受けてくるよ。キミが感じられますように。キミと話ができますように。
ただ、キミの声が聞きたい。
2010年10月26日(火曜日)
おはようれぱん。
夢の中のキミが、とうとう毛が生えてあの時のキミに戻ったよ。
私はベージュのカーペットの細い階段を降りていた。右に曲がる階段を降りたとき、トントンって私の後ろから足音が聞こえたのよ。あの足音。キミが階段を降りる音。
1段なぜか高さが1mくらいある最後の階段をポンと降りて振り向いて私は言った。
「れぱん、階段が降りられるようになったんだね。元気になったんだね。」
おかしいことにまだ私は夢の中でれぱんが病気だと思っている。病気だったれぱんが治って階段を降りられるようになったことに、夢の中で喜んでいたんだ。
キミはトントンと一生懸命に階段を降りた。
最後の段差のところに紙が散らかっていたから、私はそれを片付けようとした。するとその紙にキミは滑って、高さ1mくらいの最後の段差から落ちちゃった。
でも元気なキミが滑って落ちたのだから、私は全然怖くなかった。
「うわぁれっちゃん、大丈夫?」
と、私はキミに手を伸ばした。
目が覚めた。
元通りになったれぱんの姿も
とんとんと階段を降りるあの音も
久しぶりに感じることができた。
今日の夢は宝物。
2010年10月27日(水曜日)
おはようれぱん。
基礎体温がちょっと上がっていたよ。いつもはこの時期にこんなに上がらないのに。
人工授精が成功したのかな。
でもね、れぱん。私は怖い。
何が怖いって、もし子供ができて子供にかかりきりになったら、私はキミのことを思い出す時間が少なくなってしまうかもしれない。
キミが生きていたとき、私は毎日毎日起きている時間はずーーーっとキミのことを考えていた。仕事中もキミのことが頭をよぎった。
寝ても覚めてもれぱんれぱんれぱん。
キミを失ってからも、私は毎日キミのことを考えている。
でもその考える質が違ってきたように思える。
キミが生きていたときにずっとキミの事を考えるその思考と、
キミを失った今、毎日キミのことを想っているその思考と
何かが違うのよ。
れぱんがまだ大好きで、毎日キミのことを考えている。それは変わらない。
でも違う。何かが違う。
いい意味で違うのか、悪い意味で違うのか、それともどちらでもないのか。
それすらわからないけど何かが違うことだけはわかる。
ま、いいか。
れぱんが私のそばにいてくれて、私のものであることに変わりはないし
私が今も前と変わらずれぱんを好きで好きでたまらない気持ちに変わりはないんだもの。
ねえれぱん。一体何が変わっちゃったんだろうねぇ。
2010年10月日
おはようれぱん。
れぱん、私はまだフェレットを飼っている気持ちになっていることに気づいたよ。
もともとキミはハンモックはあれば使うけれど、どちらかというと私と一緒に布団に入ったり遊んだり、人間に近い生活をしていて人間が使うものを使っていたから、特別キミに「フェレット用品」と意識して何かを買い与えることはなかったね。
今年の2月にショッピングモールに行き、キミのものを探して買ったっけ。
キミの病気がどんどん進行していくのがわかるから、キミに何かを買ってやれるのも最後になるんじゃないかと覚悟していたのを覚えている。
キミの為に何かを選んで買うのはそれはそれは楽しかった。
ショッピングモールで買えるものはほとんどが人間用。でも私は何のためらいも迷いもなく、普通にキミのものを買うためにモールに行ったのよ。
キミが使う小さな毛布
キミの免疫サポートを溶かすマグカップ2個。
キミを運ぶのに使えそうな可愛い袋。
キミのタオル。
そんなものばっかり選んでた。楽しかったなぁ。
だからかな。
今もキミを飼っているような気がする。
可愛い雑貨屋さんがあれば、キミに似合いそうな可愛い小物を探してみたりする。
そう言えばケージをしまうときにもそんなに寂しくなかったっけ。
だってケージは水のみ用のお皿を引っ掛けておくだけの用途に使っていたから。そこでれぱんが生活していたわけではなかったから。
私はまだ心の中でれぱんを飼っている。
なぜか変な確信があるの。不思議だね。
アニマルコミュニケーションがれぱんとできるようになったら、それこそ私はキミといつも一緒にいられる気持ちになって、きっと寂しくなくなるんだろうな。
過度な期待は禁物だけど、それでも今週末のアニマルコミュニケーションに期待しないわけにはいかないな。
2010年10月31日(日曜日)
おはようれぱん。
前に寝起きにキミがダンボールをカリカリする音が聞こえたと言ったよね。
あれ、違った。。。
今朝起きたら同じ音が壁の向こうから聞こえたのだけど、それは鳥が屋根を歩く音だったことに気づいたの。がーーーん。
でも何でも思い込みだから。
あの時のあの音は鳥じゃなくてれぱんだった。れぱんがダンボールをカリカリ引っ掻いて遊んでいた。私、そう思うことにするね。
