2011年7月5日
おはようれぱん。
車のなかで聞いた曲。キミを思い出してわんわん泣いた。車を停めてわんわんぎゃーぎゃー泣いた。
泣けるからいい。声を出して泣けるだけ私はシアワセだ。
れぱん。キミは私に泣くなとは言わないね。何も言わないね。
私は泣くよ。これからだって泣いて泣いて泣きまくる。キミを思い出して泣きじゃくる。キミが好きだから、今でもたまらなく好きだから、だから泣くよ。
私にとって 好き=泣く なんだもの。
2011年7月18日(月曜日)
ペットショップでフェレットを15分眺めてしまった。長さ20cmに満たないベビーフェレット。れぱんに雰囲気が似ていたから釘付けになっちゃった。
かわいくてかわいくて。パスバレーのシルバーミットだったから、全然れぱんに色が似ていないのに、なぜかそのベビーにキミを重ねてしまった。
3万5千円出せばそのフェレットを連れて帰ることができる。
なんて簡単でなんて難しいんだろう。
お金じゃないんだよね。たとえ無料でも連れて帰るのは難しいんだ。
れぱん本人もしくはれぱんの生まれ変わりで、さらにもう二度と死なないなら即効で連れて帰るけど。
あの最期の時のように付きっ切りの看病の期間がこれから50年でも60年でも続いたっていい。死ぬことさえなければ、その状態のキミであっても私は迷わず連れて帰るだろう。
もういやなんだ。れぱんが私の前から見えなくなるのはもう絶対に嫌なのよ。
だから、どんな状態のれぱんであっても二度と私のそばからいなくならない保証があるなら私はいくらでもキミと一緒に夜中に起きる。2時間おきにシリンジで免疫サポートをキミにあげるよ。それがこれから100年続いたっていい。
れぱんが温かくてれぱんの体がそこにあってれぱんが息をしてくれてれぱんがその寝顔を見せてくれるなら、私は何だっていいのですよ。
私がもし次にフェレットを飼うとしたら、それはきっと尋常じゃない特別な何かを感じたときだろう。
今日みたいに、ベビーフェレットにキミを重ねて、可愛くて可愛くて15分も見続けるようなそんな程度のものじゃなく
何か大きな大きな力が私に働いたときなんだろうなぁと思う。
そんな大きなことがおきるとは思えないから、だからこれからも私と一緒にいるのはキミだけなんだね。
れぱん。これからもそうしてそばにいておくれ。
またお出かけしよう。キミと一緒にお出かけしよう。
