2010年11月1日(月曜日)
おはようれぱん。
アニマルコミュニケーションのワークショップを受けてきたよ。
よくわからなかった。れぱんの声が聞こえているとも、私がキミからのサインを感じ取れているとも思えなかった。
でもせっかくお金も時間もかけたのだから、もう少しがんばってみようと思う。
私が完全に思い込めるまで、やってみようと思う。
今日講習をしてくれた先生は、子供の頃から動物とコンタクトをとっていたと言っていた。人の心が読める、とも。
私にはそんな能力はない。でも掲示板の管理を5年続けてきて、妙な勘が働くようになったのは事実だから、そういうものなんだと思う。要するに継続していくことでその道に関する勘がさえてくるのかも。
例えば掲示板管理でも、全然異なった文章体でコメントされているのに、それら2つのコメントが同一人物からのものだろうと一目でわかるときが多いし、丁寧な文章で書かれたコメントを見て、そのコメントを残した人が実はとてもクセがあって後から暴れだしそうな人だと感じ取ったり。
ふと感じ取るそれらの信号はだいたい当たっているんだ。不思議だね。
もちろん私の勘が当たったからと言ってすぐには掲示板上で注意をしない場合もあるし、敢えてずっと言わないときもあるし。その勘が当たった後でどう出るかというのがその時々で違うのも、これまた私の勘がそうさせているんだろうな。
きっとアニマルコミュニケーションもそんなものなんだと思う。
2010年11月3日(水曜日)
おはようれぱん。
昨日から妙にキミが恋しいです。
2年前に最愛のフェレットを失った私の友達は、そのフェレットを亡くした後で「もう二度と抱っこできないんだな、って思い知ってたまらない気持ちになった。」って言っていた。
私の喪失感もそれなのかしらと思ったのだけどどうも違うみたい。
人それぞれ感じ方が違うのね、きっと。
ただただ寂しいというかなんと言うか。
でもその寂しさの内容が面白いんだ。だって私が感じる寂しさは「れぱんが今はどこか別の場所にいるため会えないのが寂しい。」っていう気持ちなのよ。
二度と、って言葉が浮かばない。ただ、今はどこか別の場所にいるだけ。それがお母さんの家かもしれないし、洋服屋の事務所かも知れない。どこかにいることは分かっているんだけど、今この瞬間にそばにいない。という気持ち。
れぱん、キミは今どこにいるのかな。
2010年11月4日(木曜日)
おはようれぱん。
今日はずっとキミへの愛情で溢れているよ。キミが生きて私のそばにいてくれたのと全く変わらない感じがする。
こんな気持ちでいられるのってとっても嬉しいな。
2010年11月12日(金曜日)
おはようれぱん。
ようやくあのアニマルコミュニケーターへの怒りもおさまったよ。下手をするとれぱんそのものを悪く言われかねなかったね。
あんな人にキミを見てもらわなくてよかった。あんな人の講座に申し込まなくて良かった。関わる前に本質が見られて良かった。
でも悲しかった。メールで誤解が生じてしまったのだろうけれど、「心」を扱うことを商売にしている人が、心を簡単に壊すようなことを書くなんて。
あんな人が動物の心を読んで、飼い主にその心を届ける仕事をしているなんて。
それでねれぱん。メールの怖さを知ったよ。
メールという無機質なものが、人が意図しないところで人と人とのつながりを破壊してしまうことがあるんだね。
私はアニマルコミュニケーションの能力はないけれど、れぱんコミュニケーションの能力はあるんじゃないかと最近確信し始めている。
不思議とキミを近くに感じるし、寂しくない。
キミから何かシグナルが送られてくるような気がして毎日楽しくなり始めている。
そしていたちなあたちのサイトを更新していくことが、これまたキミとコミュニケーションをとっているような気持ちにさせてくれるんだ。
普段は私にはれぱんの姿は見えない。でも何だかキミがそばにいてくれる気がずっとしている。そしてそれを私はれぱんコミュニケーションだと思っている。
サイトの更新をしていると、写真を通じてキミの姿を見られる。サイトのページ上で、私はマウスとキーボードを使ってキミを動かしていく。そしてそれは私にとってキミの姿を見ながらコミュニケーションをとっているということになるんだ。
ねぇれぱん。
私、もう立派にれぱんコミュニケーションができているんじゃないかな。
2010年11月13日(土曜日)
おはようれぱん。
お帰りれぱん。
2010年11月14日(日曜日)
おはようれぱん。
ペットエコに行ったら、キミにそっくりなフェレットがハンモックで寝ていた。
少し迷ったけど、店員さんにお願いして抱っこさせてもらった。キミを抱っこしているような気持ちに久しぶりになれた。キミに似た顔。色。体。キミと同じくおとなしいフェレットだった。
マーシャルのメスってところまで同じ。
でもね、すごく嬉しかった反面、ちゃんと私はわかっていた。このフェレットはれぱんに似ているけれどれぱんじゃないって。
どこかで冷めていた部分があったというか、れぱんを抱きしめているかのような幸福感を感じながらもどこかで違うってちゃんとわかっていた。
とても可愛いキミに似たフェレットは病気だった。たぶん先は長くないだろうな。。。
気づいたら私は3ヶ月ぶりにフェレットを抱っこしたことになるんだね。
私はまだキミを飼っている気持ちになっているから、良く似たフェレットを買って帰っても違和感しか感じないだろう。
だから私はこれからもキミと一緒に生きていくんだ。
他のフェレットは欲しいとは思わない。私はフェレットと暮らすのが好きという気持ち以上にキミと暮らしているのが好きだったから。
2010年11月15日(月曜日)
おはようれぱん。
ファラオが朝体調が悪かった。
お昼に様子を見に行ったら、明らかに肺炎の症状。
連れて行った先は別の病院。きりがおかには行けなかった。
あの病室やテーブル、先生の顔。それらを現実に目にすることを想像したら胸が苦しくて涙が滲んで来てしまったから。
まだ早い。あの病院にはまだ行けない。
だから私、別の病院へ行ったのだけど。。。その病院では結局ファラオを預かってくれなかった。
車できりがおかへ向かう。怖かった。
幸いにも(?)先生は1週間お休みで、別の女医さんが診て下さった。
女医さんが、さっき行った病院での治療内容を確認すべく(病院に電話をすべく)病室を外した5分程度の時間、涙が止まらなくなって困ってしまった。
れぱんとの闘病生活が一気に頭に蘇ってきてしまったんだ。
張り詰めていたあの時の私の気持ちが思い出されて、ただただ涙が止まらなくなった。
ティッシュで両目を交互にこすりながら、何とか気持ちを落ち着けた。
女医さんが戻って入らしたとき、ようやく涙が止まった。良かった。泣くのを見られなくて。
ファラオは案の定入院となった。
女医さんもスタッフの方々も、れぱんのことを口にしなかった。それがありがたかった。もう忘れてしまっているのかも知れないけれど、それはそれで良い。
私はまだ、あの病院がつらい。そしてそこでれぱんの話をすることはできない。
数日後にファラオを迎えに行かなくてはいけないのが辛い。またあの気持ちが襲ってくるかも知れないから。
れぱんがいなくて寂しくて泣くことはあまりない。
泣くのは主にれぱんのあの最後の日とそれまでの闘病生活を思い出すとき。病院はそのどちらにもどんぴしゃりで当てはまってくるから、やっぱり涙が出てしまうんだろうな。
2010年11月27日(土曜日)
おはようれぱん。
ゆうべ、本当にキミが音を鳴らして存在を知らせてくれたね。
れぱんとお話してから「おやすみ」と言って電気を消したとたんに、服の中でごそごそキミが動く音がした。2回。はっきりと。あんなにはっきりと音が聞こえたなんて。
今日病院へ行く私に力をくれたんだね。
先生がいらっしゃるとわかっている病院。ファラオを連れていく途中にすでに涙腺が緩んでいた。待合室で待つ間も涙が滲んだ。
名前を呼ばれて待合室に行き、先生の顔を見た途端にやはり涙が流れてしまった。先生、びっくりなさっただろうな。ファラオの具合が悪いのかと思っただろうな。
先生がホワイトボードにいつものように書き始めたとき。れぱんと闘病していたときと同じ光景。久しぶりの先生の文字。「抗生剤」という文字。「ステロイド」という文字。全てがれぱんとの、あのときの光景と重なって涙が出た。「耐性」という言葉は特に辛かった。
フジコの超音波検査。その画像を見ながらまた涙が出た。れぱんのときと同じ。
そして今回、先生はフジコの体に超音波の機械を当てながら少し時間をかけていた。そう。フジコの体に超音波検査で見つかるような腫瘍が見えなかったから。
時間をかけていらっしゃる先生を見ながら、れぱんのときは超音波の機械をあてたその瞬間にピッと静止画像をとっていた=探すまでもなく腫瘍が見つかった ということを改めて認識して涙が出た。
ファラオの状態やフジコの診察。飼い主として話をするのが精一杯。まだ私は病院に来られる状態ではなかった。それでも私はファラオとフジコの飼い主。責任を果たさなくてはならない。多頭飼育をするということはこういうことなんだと今回思い知らされた。
少しでも気を抜くと大声で泣き出しそうだった。いっぱいいっぱいだった。
私は自分でも気づかなかったけれど、れぱんとの闘病の間は神経が張り詰めていたんだな、と気づいた。
無事に診察が終わってお会計を済ませて車の中へ。車を走らせてから泣いた。
夜寝る前にお風呂に入りながらも泣いた。
れぱんを思い出して泣く時は、いつもれぱんの最期にからんでいるんだな。。。
