今朝も今までと変わらずに。キミに起こされて1日が始まるね。今日も側にいてくれてありがとう。

2011年2月2日(水曜日)

おはようれぱん。
2月になったね。2月って思い入れがあるよね。
去年の1月31日の夜から、私は会社の近くに部屋を借りた。寒い寒い日、雪の日、キミと過ごした2月がとてもとても長く感じた。


あのとき私の中であったのは、4月26日の7歳の誕生日までキミを生かしておきたいということ。生かしておくなんて嫌な言葉だけれど、なんとしてでも7歳までは生きてほしいと思っていたんだ。その4月を迎えるにはキミの状況はあまりにも不安定で、2月の1ヶ月がどれほど長く感じたことか。28日という、他の月に比べて日にちが少ない月だったのに、去年の2月は私にとっては3ヶ月にも4ヶ月にも感じた。1日1日が戦いだった。


キミと一緒にいられること。
キミの体温を感じられること。


それを心から感謝し、キミへの気持ちをどんどんどんどん募らせたっけ。


ねぇれぱん、私は夏をちゃんと過ごせるだろうか。まともに過ごせるだろうか。
夏が来るのが今から怖いんだよ。
暑い暑い夏にキミは逝ってしまった。
暑くなったら「あのとき」を思い出してしまうかも知れない。れぱんを失ったあの日のあの日差しも暑さも何もかも、思い出してしまうかもしれない。それがとても怖い。正気でいられなくなるかも知れない。怖い。怖い。


この2月スタートも、私にとっては辛いんだ。
毎日昼休みにれぱんの様子を見に帰るようになった月。去年はいたはずのキミはいない。あの部屋もれぱんを見送ってちょうど1ヵ月後に引き払った。あの時のれぱんを思った気持ちだけが残って、キミも部屋も私からなくなってしまった。


れぱん。 今もこんなにも強い気持ちでキミを想ってる。
ここ1週間くらい泣かなくなったけれど、涙はまだ滲む。


最初のうちはれぱんを自然と思い出して苦しくて苦しくて涙が溢れて仕方なかった。
もしかしたらこれから時間が経ったら、れぱんを忘れていきそうな自分が怖くなるのかもしれない。


私はアニマルコミュニケーターを通じて、れぱんに「ずっとそばにいてほしい」とお願いしてしまった。お願いした私が、れぱんを思い出す時間が減ってはいけない。れぱんは無理してそばにいてくれるのに、そんなお願いをした私がれぱんを思い出さなくなるなんて。そんなことがあってはならない。


ただ、今はいつでもれぱんを思い出す。れぱんとの時間を思い出すと楽しくて嬉しくて仕方ない。
こうしてキミは私の心に同化していく。心に住み込み、そのまま心に吸収されていく。


れぱんを想うと胸がきゅーーーって痛くなる。きっとれぱんが喜んでいるに違いないっていつも思うんだ。


れぱん、昨日も好きだったけど、やっぱり今日もキミが大好きだ。


2011年2月6日(日曜日)

おはようれぱん。
ほんとにおはよう。
夢に出てきてくれてありがとう。あんなシアワセをくれてありがとう。


夢の中で。
私はれぱんをいつものように左肩に乗せていた。れぱんは前足でいつものように私の肩にぶらさがっていた。私は左手でキミの背中(腰?)を触っていた。久しぶりのれぱんの重み。病気のときの軽いキミじゃなかった。キミは重かった。キミのあの時の体重。850gだったんじゃないかな。重くて重くて嬉しかった。れぱんの背中に当てた私の手が、キミの呼吸を確認する。キミが息を吸うたびにふくれるお腹。キミが息を吐くたびにしぼむお腹。


夢の中でも私はキミが死んでいると知っていた。だからキミの重みも呼吸に合わせて動く背中も嬉しくてうれしくてたまらなかった。


私はキミを左肩に乗せて町を歩く。歩くときにもキミが落ちないように支えながら、所々でキミを肩から降ろして写真を撮る。あの時と同じだ。何もかも。


そして夢の中で私は知っていた。キミが死ぬということを。キミとの時間は限られていて、いつこのキミの体が私の前からなくなるかわからないということも。
だから私はれぱんを肩から降ろして両手の上に乗せた。キミの顔。キミの目。大好きなキミの口元。見られなくなってしまう前に全て見ておきたかった。嬉しくて、嬉しくて、夢の中で私は最高にシアワセだった。
キミは私の両手の中では眠そうに体を動かした。可愛くて可愛くて、たまらなく可愛かった。


私はキミをまた左肩に載せる。


目が覚めちゃった。気づいたら私は左手を上げていた。夢の中でキミを左肩に載せていたから。そのキミの体を私はいつものように左手で支えていたから。だから無意識のうちに左手を上げてしまっていたみたい。


夢の中でれぱんに会えて本当に本当に嬉しかった。可愛くてたまらなかった。


そしてはっとしたんだ。今日はキミを見送ってちょうど半年目の月命日。


半年がんばった私に、れぱんがプレゼントをくれたんだね。キミがいないこの半年を、私はどう過ごしてきたのかよく覚えていないけれど。なるべく自分で気持ちを揺さぶらないように、そっと小さく呼吸を繰り返していたような気がする。興奮しないように、そっとそっと小さく続けた呼吸。何事もないように、とにかく静かに静かに過ごしてきたような気がする。
だって少しでも大きく空気が動いてしまったら、私はキミがいない現実を受け止められないような気がしたから。


れぱん、夢に出てきてくれてありがとう。


私はまだキミを飼ってる。キミと一緒に暮らしている。だからやっぱりキミ以外のフェレットは私の人生では考えられないよ。


2011年2月9日(水曜日)

おはようれぱん。


今日も車の中で強く強くれぱんを想った。涙が出た。キミへの思いは変わらない。
好きで好きで大好きで。そんな気持ちでいたら、私の左腕がふわっと温かくなったんだよ。ちょうどキミがもたれる箇所があったかーくなった。


気のせい、気のせい。私がそう思い込んでいるだけ。


わかっていても嬉しかった。れぱんが左腕にいてくれているんだってそう思えるだけで、私は嬉しかった。


れぱん。私の左腕はまだキミだけのものだよ。だからいつでも飛び込んでおいで。
本当はキミの姿が見えたら一番いいのだけど、残念ながら私にはそんな素敵な能力がないから見えない。
思い込んで感じることしかできないけれど、精一杯キミを感じようとしているから。だからいつでも飛び込んでおいで。


2011年2月11日(金曜日)

おはようれぱん。雪だよれぱん。
去年、一緒に雪を眺めたね。今年は去年よりは遅くて去年よりは積もらない雪みたい。


雪が積もる前に新しいカバンを買いに行った。
お店にたくさん並ぶカバン。どれにしようかなって迷いながら見ていたときに思ったんだ。そうか。私が今までカバンを選ぶ基準にあったもの。


れぱんが入れるかどうか。


私がカバンを選ぶ基準の1番目だったね。キミが入れるものかどうか。キミが入れないカバンには興味がなかった。
もうそんな基準でカバンを選ぶことはないんだな、と思ったらとても寂しかった。


そして2つのカバンを買った。
2つともれぱんが入れそうなカバン。2つともれぱんが入りやすそうなカバン。


結局今も私がカバンを買う基準は変わらなかった。キミがいなくなっても変わらなかったよ。


れぱん、私が見ているときじゃなくてもいいからさ、新しいカバンにお入り。カバンの口は開けておくから。だからいつでも入っておいで。私驚かないからさ。


2011年2月20日(日曜日)

おはようれぱん。
来週、またアニマルコミュニケーターに、れぱんの声を伝えてもらうために京都に行くね。
その新幹線のチケットを買うために新横浜の駅に来た。往復のチケットを買って帰る途中、構内アナウンスが聞こえたよ。 「○○号、名古屋行きが到着しました。」 って。


そのアナウンスを聞いて泣けてきた。
このアナウンスを聞くときは必ずキミが一緒だったから。新幹線に乗るときは必ずキミが私のそばにいてくれたから。


アナウンスはそのままなのに、もうキミがいないこと。
来週、キミのいない新幹線に1人で乗ること。


これを考えたら涙が溢れてきた。


れぱん。キミは私のそばにいてくれているんだろうけれど、私にはまだ見えない。聞こえない。感じない。確固たる自信を持って、れぱんがそばにいてくれているのだと言い切れない。何か物音を聞いても、それがれぱんの音だって言い切れる自信がない。れぱんが立てていてくれる物音なんだって思い込んで勝手にシアワセになっているだけ。根拠が何もないから本当にそうなのかわからない。


れぱんはそばにいてくれているはずなのに。
それを感じられず、疑っている私はダメな飼い主だね。
もう少し自信を持って、キミがそばにいる!絶対いる!!って思えるようにならなくちゃね。


2011年2月22日(火曜日)

おはようれぱん。
会社を出たら、少し明るかった。陽が長くなって来たんだね。これからどんどん長くなって、あの時と同じ日差しがやってくる。その時に私は普通でいられるかな。


週末に大阪に行くから、どこか寄れないかなって探してみた。PCに保存していた「れぱんといつか一緒に行こう施設リスト」を久しぶりに開いて関西方面の場所をクリック。
その施設のサイトが開いた途端に、無性に悲しく苦しくなったんだ。


私はもうそういう施設には行かないだろう。
れぱんと一緒に行きたいから。れぱんと一緒なら行ってみたい。そんな気持ちで集めた施設リストだもの。キミと一緒に行けないなら意味がない。


れぱん、キミとは日本の色々な場所に行ったよね。
まだまだ行きたいところがいっぱいあったけれど、フェレットという短い寿命のキミと一緒に行ける場所の数は限られていた。
でもその限られた時間の中で、私達は多くの場所に行ったよね。一緒に行ったよね。


れぱんと同じ場所で、同じ空気を吸って、同じ気持ちで同じものを見た。


れぱん。あの頃の私達は絶対だった。今でもそうだけど、旅行に出たときの私とれぱんは特別強い強い絆でしっかりと結ばれていたって思えるよ。


れぱんが好き。心がちぎれそうなくらい、キミを求めてる。
きっとれぱんが私の心の半分を持っていこうと必死に引っ張っているのかも知れない。
心の半分持っていくくらいなら、そのまま心の中にいてちょうだい。気持ち全部あげるから。


れぱんれぱんれぱん。
どれだけ強く思えばまたキミに会えるんだろうかと最近思う。
人の思いというのは強くなると念となり、常識では計り知れない力を導き出すという。私はそれを信じたい。
これだけ強く思った私のれぱんへの念が、何かの形で表れるといいな、と思う。


それが夢であったり幻覚だったり。なんだっていいんだ。私がキミを見られて感じられるなら。何だっていいからキミに会いたい。


最近ふと思い出すのは、寝ているキミの背中なんだよ。
優しい背中。信じきった背中。


れぱんのあの背中をもう一度見たいな。


2011年2月26日(土曜日)

おはようれぱん。
京都・大阪に行ったね。
新幹線のアナウンスを聞きながら、コートの上から私の胃の辺りを抱えていた私。いつもそこにれぱんがいたから。 やっぱり新幹線に乗るときはキミと一緒じゃないとね。


キミの乗車券=手回り切符も270円で購入した。


キミと一緒に新幹線。いつも一緒の新幹線。


2011年2月27日(日曜日)

おはようれぱん。
今日が2月最後の日曜日だね。


2月は1年で一番日にちが少ない月なのに、去年の2月は私にとって最も長い月だった。神経が張り詰めていたのを覚えている。


れぱん、2月が終わるね。重い重い2月が終わるんだね。


2011年2月28日(月曜日)

おはようれぱん。
れぱん、キミは私に「生まれ変わってほしい?」って聞いたよね。
私、その時から答えは決まっていたのよ。


ううん。今のままで。生まれ変わってほしくない。今は。


例えれぱんがフェレットに生まれ変わっても、私はそのフェレットを飼うことはできない。だってそれはれぱんじゃないから。れぱんだけど、れぱんじゃないから。
だから私は今のままでいいの。


れぱん、れぱんは私の答えを見透かしていたんだろうな。
だから私の質問に質問で返したんだね。


れぱん。 キミは今も私に色々なものをくれる。死してなお、人との出会いをくれる。れぱんがいなかったら出会うことがなかった人。れぱんが死ななかったら出会わなかった人もいる。
キミは本当に私の人生にどれほど多くのものをくれるんだろう。


でもね、れぱん。
今日の夜歩きながら思ったよ。
キミのいない人生を私はこれからも歩き続ける。どこを探してもキミに会えない人生を、これからもずっと歩き続けるんだね。


れぱん、私の心はキミでいっぱい。
あまりにいっぱいすぎてどのくらいいっぱいかわからない。
ぎゅぅぎゅぅの気持ち。キミへの気持ち。


れぱん、2月が終わるよ。今日で2月が終わるよ。