2011年4月3日(日曜日)
おはようれぱん。
この8ヶ月、ずっとずっと思っていたけれど。
決めたよ。とうとう心に決めたよ。
れぱん、キミのことをいたちなあたちに書こう。そして新しいいたちなあたちを一緒に作ろう。
区切りをつけて。一歩、前へ。一緒にね。れぱん、これからも一緒に歩んでいこうね。
2011年4月4日(月曜日)
おはようれぱん。
昨日バケツ満杯の勇気をもって、とうとうキミのことをキミのサイトに書いたあと涙が止まらなかった。久しぶりの大泣きだった。
そしてまた不思議なことがおきた。
最後のページをアップロードして、大泣きを始めた私がふと見つけたもの。
私の携帯の待ち受け画面のれぱん。
待ち受けのキミが消えない。なぜか待ち受け画面は何秒経っても変わらずに、待ち受けの中のキミの目が私を見つめたまま。
ロックがかかってしまっていたようだけれど、私はロックなんてしていないし第一この携帯オンチの私に待ち受け画面をロックするなんて設定はわからない。というか、そんな設定ができることも知らなかった。
れぱんが怒っている。
そう感じた。
やはりサイトにキミのことを書くのは早すぎたのか。
キミは私の行動に賛成していないのか。
だからそうやって私をずっと見つめているのか。
サイトに載せたことを少しだけ後悔。
でも私は「今だ」と思ったんだもの。
昨日じゃなくちゃダメだったんだもの。
昨日の勇気を逃したら、私はもうきっとずっと書けなかったもの。
れぱん、怒っているの?
でももう遅いよ。だって書いちゃったもん。。。
2011年4月9日(土曜日)
おはようれぱん。
すごいことがおきたよ。こんなことがあるなんて。キミは怒っていなかったんだね。
半年前くらいの11月末。私は携帯を紛失してしまった。まだ毛が体に残っているキミと最後のツーショットをおさめた大事な携帯だった。あの写真を撮ったあと、キミはどんどん体の毛を失ってしまったから。。。だからあの携帯は私にとってはとても意味があるものだった。 それを失くしてしまった。
思い当たる場所を管轄する交番全てに紛失届けを出した。
いまは携帯が警察に届けられると、電話番号からすぐにキャリアがわかって電話会社から持ち主に手紙を送るようになっているんだって。
「あなたの携帯電話が○○署に届けられていますよ。」
って。
でも7つの警察署のどれにも私の携帯は届けられていなかった。
電話番号の記録もメールアドレスもどうでもよかった。
ただ、キミとの大事な写真が失われてしまったことが悲しかった。
でも私は思ったんだ。
またキミに隠されちゃったって。
思い出の写真が入った携帯電話だから、れぱんが持って行っちゃったんだねって。
そう思って月日は流れた。
今日、久しぶりに立ち寄ったチェーン店のレストラン。
店員さんにメニューをオーダー。
男性の店員さん。オーダーを取り終えたあとで2秒くらい間をおいてこう言ったんだ。
「お客様、ちょっと確認したいことがございます。」
注文した品物が震災の影響で品切れになっているのかなと思った。でもね、次の店員さんの言葉に私は飛び上がってしまったよ。
「携帯をお忘れになっていませんか。」
前に数回行ったレストラン。店員さんが私の顔を覚えてくれていたらしい。
ねぇれぱん。
たまたま久しぶりにあのレストランに行って
たまたまその店員さんが私を接客してくれて
たまたまその店員さんが私の顔を覚えていてくれて
そんな「たまたま」が重なって、今日キミが私の手の中に戻ってきたよ。
キミとの最後のツーショットを保存してあった大事な携帯が戻ってきたよ。
2011年4月10日(日曜日)
おはようれぱん。
お花見に行ってきたよ。
去年は一緒に最後の桜を見たね。
れぱんと一緒に見られないなら桜は私には意味がないのだけど、それでもどうしても今日お花見に行きたかった。
行って確かめたかったんだ。
自分の目で見て確認したかったんだ。
去年と同じ場所に行った。桜を眺めた。
そして私は確信した。
20秒後には、私は桜を背にして家路へと向かい始めた。
れぱん。
去年キミと一緒に見た桜のほうが素敵だった。
れぱんをいつ失うか毎日怖かったあの日、桜を一緒に見ながら嬉しくて辛かった。次の桜は一緒に見られないってわかっていたから辛かった。桜のかわいらしいピンクが余計に悲しかった。
それでも今日、同じ場所で同じように満開の同じ桜を見て思ったよ。
れぱんと一緒に見た去年の桜のほうが美しかったって。
私の今年のお花見は20秒で終わっちゃった。
でもとっても満足。
だって私には去年のあの満開の桜とキミが心に残っているもの。
2011年4月12日(火曜日)
おはようれぱん。
キミがまた夢に出てきてくれたね。ありがとう。
キミは私の胸元にいつものように入っていた。
私はキミの長い体を引っ張り出して、免疫サポートを飲ませていた。キミはこきゅこきゅ元気に免疫サポートをシリンジから飲んだ。キミの鼻はきれいなピンク色だった。
今思い返せば、健康なれぱんに私はシリンジで免疫サポートを与えていた感じだ。
でもそのとき、免疫サポートをキミに与えながら私はまた思っていたんだよ。
いつ死んじゃうんだろう。
5秒後か。10秒後か。30秒もってくれるだろうか。
前にキミが夢に出てきたときもそうだったのだけど、夢の中で私にとってキミは、あとほんの少しで息を引き取ってしまう状態なんだよね。
前回だって今回だってキミはとても元気そうなのに。
それなのに夢の中で私の気持ちはキミを見送る準備をしているんだ。
いつになったら、もう健康なキミを受け入れられるんだろう。
でもさ、れぱん。
れぱんを見送ったことを受け入れるのにこれだけの長い時間がかかったんだもの。
れぱんがもう健康だってことを受け入れるのだって時間がかかるよね。
うーん、なんだか変な言い方になっちゃった。
なんでもいいや。れぱん、夢に出てきてくれてありがとう。私の洋服越しに触れたキミの久しぶりのぬくもりがとても嬉しかった。
2011年4月3日(日曜日)
おはようれぱん。
やってしまった。気をつけていたのに。
お昼にちょっと手を抜いてコンビニで麺を買った。それを食べようとしてはっと気付いた。
キミと一緒に会社の近くで暮らしていたときに食べていたものだった。何気なく手にとって買ってしまった。
その匂い。それはそのままキミと一緒に病気と向き合っていたあの匂いだった。一気に思い出したあの日々。別にそれがイヤだったわけじゃない。キミと手をつないで暮らしていたあの日々をいやだと思ったことはなかったから、だからその日々を思い出してもいやな気持ちになるわけがない。
それでも思ったこと。「暑くなくてよかった」
もし夏の暑さだったら。気温の暑さと食べ物の匂いと。あの日々あのままを体感したら。私はどうなっていただろう。
れぱん。私がずっとおびえていることがあるんだ。
私は大丈夫だと思っている。これからも大丈夫だと信じている。それでも、何かの瞬間やタイミングでキミを失った喪失感が襲ったらどうなるだろう。
私はかたくなに自分を守っている気がする。恐ろしいほどの喪失感を知りたくはないから、防御線を相当な範囲で自分の周りに張っているのがわかる。喪失感を絶対に味わいたくない。だから、ただただ息を潜めて静かにしている。ちょっとの風で倒れそうで、ちょっとの息で折れてしまいそうだから。
まだ自分に自信がない。防御線を取っ払って動きまわれる自信がない。
れぱん、れぱんがいつも私が必要としているときに私のそばに来てくれるから。だから私は私でいられるんだね。ありがとう。ありがとうれぱん。心からのありがとう。
2011年4月26日(火曜日)
おはようれぱん。
8歳の誕生日おめでとう。
キミの誕生日だから、普段はしないお化粧をして会社に行った。「今日何かあるの?」と職場で聞かれ、「大事なペットの誕生日なんです。」って胸を張って言えたよ。きっと職場はドン引きだっただろうけど。いいの。私にとって特別な日なんだもの。
そんなキミの誕生日に、私は病院で突発性低音障害難聴と診断されてしまった。昨日から急に耳が遠くなって変だと思っていたの。
難聴だって。このままずっと聞こえないのかな。ずっとこんなこもった世界なのかな。
れぱんの声も遠くなっちゃうのかな。
2011年4月27日(水曜日)
おはようれぱん。
私は最近無理やりキミの姿を思い出しているような気がする。
キミの姿を思い出すと楽しくて嬉しいのだけど、何だかキミの体がぼやけてきたような気がするの。
フェレットとしてのキミを思い出せなくなっている自分に気付いている。
きっと時間が経って、私が段々落ち着いてきてしまったのだろうね。
あれほどれぱんが大好きで、今でもれぱんが大好きなのに。どうしてキミの姿がぼやけるんだろう。キミの歩き方、食べ方、寝相。全部全部目に焼きついているのに、記憶がだんだん薄れているような気がする。キミが遠くなってきている気がする。
それでもれぱんを近くに感じる。まだ一緒に暮らしている気がする。記憶の中のれぱんの体だけがぼやけていく。
たった9ヶ月弱でキミの姿を記憶から消し始めるなんて、ひどい飼い主だよね。
私の都合の良いように考えれば、もう私とれぱんは魂と魂で付き合っているのかな。
体がなくなっても、魂はいつも私の近くにいる。私が会話している相手はれぱんの体じゃなくてれぱんの魂になったのかも知れない。
なんて書けば説明がつくかわからないけれど、魂になってもキミの瞳の美しさは変わらない。キミの可愛さも変わらない。
私のキミへの気持ちも、全然変わらず困っちゃうくらいに積み重なっているよ。
