ペットロスは悪いことですか。
大事なフェレットを失ったとき。何を思いますか。
直後は何がおきているかわからない。不思議と冷静でいるのではないでしょうか。そして次に襲ってくるのが悲しみ・虚無感・慟哭・不安。何とも言えない、筆舌に尽くしがたいマイナスの感情。
涙は?涙が止まらなかったり急に号泣したり。そうかと思うと悲しい感情はあるのに全然泣けなかったりすることもあります。
私はれぱんを失って、同時にれぱん以上の何かを失いました。
でもそれを取り戻そうとは思いません。取り戻せるのかも知れないし、もう二度と取り戻せないのかも知れません。取り戻せる可能性はあるのでしょうが、取り戻そうと思わないのです。長ったらしくなってしまいましたが、心を全部あげてしまったフェレットを失った以上の「失」はもう私にはないから。だから同時に何かを失ったとしても、れぱん以上のことではない限り私にとってはどうでもいいことなのです。
私は今まで犬やその他小動物を見送ってきました。
れぱんはそのどれとも違うものがありました。フェレットが特別な魅力のある動物なのか、れぱんがあまりに特別すぎたのか。
大事なペットを失った人にこういう言葉をかけるのは一般的です。
「あまり悲しむと成仏できないよ。」
「飼い主が悲しむ姿を見ると、ペットも心配して悲しくなる。」
「早く立ち直ってください。」
「がんばってください。」
でも私は絶対にこれらの言葉をかけません。現に私がれぱんを失ったとき、もしこれらの言葉をかけられたとしたら逆に落ち込むだろうから。
フェレットを亡くしてどん底にいる人に、もしどうしても言葉をかけなくてはいけないのなら、
「いっくらでも泣いてください。泣けるならそれはとてもシアワセなこと。泣きたいだけわぁわぁ声を出して泣いてください。」
「ゆっくりゆっくり浮上してください。」
「もうがんばらなくていいです。」
そしてもう1つ。
「忘れなくていいんです。」
忘れる必要がどこにありますか。泣いてわめいて大好きだったフェレットを想って想って胸がつぶれるくらい想って。
いいじゃないか忘れなくたって!だって忘れたくないんだから!。。。というか、忘れることは絶対ないので忘れないんですけど。。。
毎日毎日フェレットを想う。あの時のあの仕草。あの顔。フードを食べるときのぶちゃいく顔。横で寝ている時のすやすや顔。トイレに駆け込むあの後姿。卓球のボールで興奮しているあの姿。ドアを開けて欲しくてカリカリしている小さなお手手。
思い出すのはシアワセなこと。忘れるなんてもったいないです。
忘れなくていい。泣いていい。がんばらなくていい。
フェレットのこと。ずっと想っていましょう。あんなフェレット、他にいないもの。ね。
