今朝も今までと変わらずに。キミに起こされて1日が始まるね。今日も側にいてくれてありがとう。

2011年3月7日(月曜日)

おはようれぱん。
先月、アニマルコミュニケーターさんにれぱんの声を届けてもらった。2度目のアニマルコミュニケーション。
そこで私は変わったんだ。アニマルコミュニケーターに会った帰りの新幹線の中で確信したのよ。私はもう大丈夫って。


その確信通りに、私はあまり泣かなくなった。れぱんを想って号泣することもなくなった。


前進したよ。れぱん。私は前に向かって歩いているよ。キミと一緒に。


2011年3月10日(木曜日)

おはようれぱん。
れぱん。れぱん。キミを想うと左腕が熱くなるのはきっとキミが戻って来てくれているから。

ねぇれぱん。私はキミの声が少しずつだけど聞こえているような気がする。
これでいいんだよね。少しずつ、少しずつキミに近づいていくからね。


2011年3月21日(月曜日)

おはようれぱん。
あの大震災から1週間以上が経過した。

私は考える。
もし被災者の中に、去年の今頃の私のような人がいたとしたら。
私は全力でその人を支援したい。れぱんのことを考え、毎日毎日れぱんの生死の境目を見つめてきたようなあの日々。もしあの日々で地震が来たら。津波が来たら。考えるともうパニックになりそう。

私がれぱんに対して、惜しみない治療をすることができ、私の腕の中で看取ることができたのはそれだけの余裕があったから。
そして今こうしていられるのも、れぱんに対して真剣に向き合うことができたという自負があるから。
もし私がれぱんの看病をする余裕を地震で失われたら。
もし私がれぱんを看取ることなく津波の中でれぱんの手を放してしまったら。
考えただけで背筋が凍る。

そんな思いをしている人が実際にいるだろう。
そんな人に私は何ができるんだろう。胸が締め付けられる。

れぱん、れぱんに納得のいく治療ができて、れぱんと可能な限り一緒にいられて、れぱんの最期を見届けられて。
私はなんてシアワセな飼い主だったんだろうか。

私のしつこい質問にも答えてくれて、いつも最適な判断と診察・治療をしてくれたきりがおか動物病院の院長先生。
れぱんと少しでも長く一緒にいたい私が、職場近くに部屋を借りることを了承してくれた夫。そして引っ越してからわずか4ヵ月後に私の職場異動が決まり、またしても新しい賃貸契約をすることになったことを文句も言わずに了承してくれた夫。
8月6日の昼休みに部屋に戻ったときにれぱんの異変に気付き、急遽会社を半休することになった私を認めてくれた職場の人たち。
れぱんが死んでから不安定な私の精神を明るく支えてくれた母。

本当に多くの人の理解と協力があったんだね。
私がこうして穏やかな気持ちでいられるのは、みんなみんな彼らのおかげなんだね。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

そして大好きなキミ。
その日の朝までお肉を食べてくれて。痛い治療にも耐えてくれて。
私が急に半休を取っても大丈夫な時に逝ってくれて。私が看取ることができるまで死ぬのを待ってくれて。
私が望む形で死んでくれて。私に最期まで精一杯の飼い主孝行をしてくれて。

私にとってキミ以上に飼い主孝行なフェレットはいない。

れぱん、れぱんは私にとって最高のフェレットです。れぱんへの強い強い思いは消えない。この先何年経っても絶対消えない。あれから7ヶ月以上が経つけれど、やっぱりれぱんが大好きでれぱんを想う気持ちは全然変わらないんだもの。

涙は減った。確かに減った。いきなり号泣することも、病院へ行くのが辛くなることもなくなった。

でも残っているよ。キミへの気持ちだけは何にも変わらず残っているよ。

れぱんれぱん。できるなら帰って来てほしいけれど、そんな願いはれぱんを困らせるだけだもんね。
だから私、れぱんと会話できるように毎日努力するからね。れぱんれぱん。大好き。今でも大好き。寂しいという気持ちより、ただ。ただ。ただ。大好き。


2011年3月22日(火曜日)

おはようれぱん。
ふと時計を見たら22:22だった。今日は3月22日。ちょっと惜しいけど2並びの日だね。

1年前の平成22年2月22日だったっけ。キミを腕に抱いてふとデジタル時計を見たら、22時22分18秒だかそこらだった。
ドキドキしながら迎えた平成22年2月22日22時22分22秒。
なんだか二人で奇跡を見たような気持ちになったことを思い出した。あれからもう1年以上経つんだね。

変わらないれぱんへの想い。あのときから何にも変わらない。
れぱん、22時22分。今年も一緒に見られたね。

2011年3月23日(水曜日)

おはようれぱん。
私はアニマルコミュニケーションがうまくできない。

でもれぱんコミュニケーションは出来ている気がしちゃうのよ、これが。
今日は会社ですごくすごくキミに会いたくなった。私の手も腕もまだキミを覚えている。キミの毛触りや肌の温かさも全部覚えているから。だから容易にキミを抱っこできるしキミを感じることができる。
そして何より、キミを強く思うと左腕が急に熱くなる。うん。これなんだよね。これが私にとってのれぱんコミュニケーション。

きっと本当はもっともっと先に行けるのかも知れない。れぱんと話をすることができるのかも知れない。
それでも今は、これが私にとってのれぱんコミュニケーション。

れぱん、いつかキミの声が聞きたいな。


2011年3月24日(木曜日)

おはようれぱん。
ティーの夢を見たよ。ティーが後ろ向きで少し痩せていた。ティーをまた散歩していることに夢の中で気付いた私は大泣きしていた。

なんで夢の中でもティーがいないって知っているんだろうね。夢の中でくらい、そんな事実を忘れていたいな。


2011年3月31日(木曜日)

おはようれぱん。
最近また涙が増えてきてしまった。


会社でふとキミを感じたくなって、れぱんコミュニケーションを試してみた。
れぱんがうわーって私に駆け寄ってくれた気がした。
かぁーって左腕があったかくなった。れぱんが左腕にいるような気がして、いつものように顔をなでなで。
それからおおっぴろげに開いたキミのアンヨを確かめたくて、少し右手を動かしてみた。そうしたらね、不思議だよね。左手の今度は手のひら近くがふわってあたたかくなったのよ。まるでれぱんのお尻がちょこんと乗ったかのように。


目を閉じて右手でキミの体をふわふわ・なでなで。

第三者からもし見られていたら、頭が変になってしまったように映るんだろうけれど。。。
うれしかったな。シアワセになれてストレスなんて吹っ飛んでしまった。

れぱんコミュニケーションを終えて左腕を見たら毛が1本。あらら。ファラオの毛かも知れないけれど、私はそれをキミの毛だと思うようにした。

れぱん。
いたちなあたちにキミのことを書こうとすると、キミの顔が曇る。

2月になったら。3月になったら。そして4月こそは。
そんな気持ちで来たけれど。明日もまだ無理なのかも知れないね。